우동 한그릇『一杯のかけそば』 (글 / 구리 료헤이 栗 良平 くりりょうへい )
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一杯のかけそば」ー抄録ー
以下の童話は、平成が始まった年の平成元年(1989) 5月18日号の「週刊文春」に掲載されたものである。わずかわずか
(僅か·纔か)
- 1
얼마 안 되는 모양.
- 2
조금, 약간, 근소함.
- 3
불과.
5ページの小話だが、実話ということもあって当時の話題をさらった。平成最後の大晦日を迎えるにあたって、何故か捨てずに保存していた当時の「週刊文春」を再び開いて涙した次第である。
そば屋にとっていちばんのかき入れどきは大晦日である。北海亭もこの日ばかりは朝からてんてこまいの忙しさだった。いつもは夜の12時すぎまでにぎやかな表通りだが、10時をまわると北海亭の客足もぱったりと止まる。
最後の客が店を出たところで、そろそろ表の暖簾を下げようかと話をしていたとき、入口の戸がガラガラガラと力なく開いて、二人の子どもを連れた女性が入ってきた。6歳と10歳くらいの男の子は真新しい揃いのトレーニングウェア姿で、女性は季節はずれのチェックの半コートを着ていた。「いらっしゃいませ!」と迎える女将に、その女性はおずおずと言った。「あのー・・・かけそば・・・一人前なのですが・・・よろしいでしょうか」後ろでは、二人の子どもたちが心配顔で見上げている。「えっ・・・えぇどうぞ。どうぞこちらへ」暖房に近い二番テーブルへ案内しながら、カウンターの奥に向かって、「かけ一丁!」と声をかける。それを受けた主人は、チラリと三人連れに目をやりながら、「あいよっ!かけ一丁!」とこたえ、玉そば1個と、さらに半個を加えてゆでる。客と妻に悟られぬサービスで、大盛りの分量のそばがゆであがる。
テーブルに出された一杯のかけそばを囲んで、顔を寄せ合って食べている三人の話し声が、カウンターの中までかすかに届く。「おいしいね」と兄。「お母さんもお食べよ」と一本のそばをつまんで母親の口に持っていく弟。やがて食べ終え、150円の代金を支払い、「ごちそうさまでした」と頭を下げて出ていく母子三人に、「ありがとうございました!どうかよいお年を!」と声を合わせる主人と女将。
そして1年がすぎ、再び12月31日がやってきた。前年以上の猫の手も借りたいような一日が終わり、10時をすぎたところで、店を閉めようとしたとき、ガラガラガラと戸が開いて、二人の男の子を連れた女性が入ってきた。女将は女性の着ているチェックの半コートを見て、一年前の大晦日、最後の客を思い出した。「あのー・・・かけそば・・・一人前なのですが・・・よろしいでしょうか」「どうぞどうぞ。こちらへ」女将は、昨年と同じ二番テーブルへ案内しながら、「かけ一丁!」と大きな声をかける。「あいよっ!かけ一丁」と主人はこたえながら、消したばかりのコンロに火を入れる。「ねえお前さん、サービスということで三人前、出してあげようよ」そっと耳打ちする女将に、「だめだ、そんな事したら、かえって気をつかうべ」と言いながら玉そば一つ半をゆであげる夫。一杯のそばを囲んだ母子三人の会話が、カウンターの中と外の二人に聞こえる。「・・・おいしいね・・・」「今年も北海亭のおそば食べれたね」「来年も食べれるといいね・・・」食べ終えて、150円を支払い、出て行く三人の後ろ姿に、「ありがとうございました!どうかよいお年を!」と送り出した。
その翌年の大晦日の夜、北海亭の主人と女将は、たがいに口にこそ出さないが、9時半をすぎたころより、そわそわと落ち着かない。10時をまわったところで主人は壁に下げてあるメニューを次々に裏返した。今年の夏に値上げして、「かけそば二百円」と書かれていたメニュー札が百五十円に早変わりしていた。二番テーブルの上には、すでに30分も前から「予約席」の札が女将の手で置かれていた。10時半になって母と子の三人連れが入ってきた。兄は中学生の制服、弟は去年兄が着ていた大きめのジャンパーを着ていた。二人とも見違えるほど成長していたが、母親は色あせたあのチェックの半コート姿のままだった。「いらっしゃいませ!」と笑顔で迎える女将に、母親はおずおずと言う。「あのー・・・かけそば・・・二人前なのですが・・・よろしいでしょうか」「えっ・・・どうぞどうぞ。さぁこちらへ」と二番テーブルへ案内しながら、そこにあった「予約席」の札を何気なく隠し、カウンターに向かって、「かけ二丁!」それを受けて「あいよっ!かけ二丁!」とこたえた主人は、玉そば3個を湯の中に放り込んだ。(※ここで母子三人の会話がいろいろ続くが、兄が弟が先生から預かってきた手紙の話を母親に打ち明ける)「淳の書いた作文が北海道の代表に選ばれて、全国コンクールに出品されることになったので、授業参観日に、その作文を淳に読んでもらうって。先生からの手紙をお母さんに見せれば・・・むりして会社を休むのわかるから、淳、それ隠したんだ。そのことを淳の友だちから聞いたものだから・・・ボクが参観日に行ったんだ」「作文はね・・・お父さんが、交通事故で死んでしまい、たくさんの借金が残ったこと、お母さんが朝早くから夜遅くまで働いていること、ボクが朝刊夕刊の配達に行っていることなど・・・全部読みあげたんだ。そして12月31日の夜、三人でたった一杯のかけそばが、とてもおいしかったこと。・・・三人でたった一杯しか頼まないのに、おそば屋のおじさんとおばさんは、ありがとうございました!どうかよいお年を!って大きな声をかけてくれたこと。その声は・・・負けるなよ!がんばれよ!生きるんだよ!て言っているような気がしたって。それで淳は、大人になったら、お客さんに、がんばってね!って思いをこめて、ありがとうございました!と言える日本一の、おそば屋さんになりますって、大きな声で読み上げたんだよ」カウンターの奥にしゃがみこんだ主人と女将は、一本のタオルの端をたがいに引っぱりあうようにつかんで、こらえきれずあふれでる涙を拭っていた。
また一年がすぎて・・・。北海亭では、夜の9時すぎから「予約席」の札を二番テーブルの上に置いて待ちに待ったが、あの母子三人は現れなかった。次の年も、さらに次の年も、二番テーブルを空けて待ったが、三人は現れなかった。
それからさらに、数年の歳月が流れた12月31日の夜のことである。10時半すぎ、オーバーを手に、スーツを着た二人の青年が入ってきた。女将が申しわけなさそうな顔で「あいにく閉店なものですから」と断ろうとしたとき、和服姿の婦人が深々と頭を下げて入ってきて、二人の青年の間に立った。和服の婦人が静かに言った。「あのー・・・かけそば・・・三人前なのですが・・・よろしいでしょうか」それを聞いた女将の顔色が変わる。十数年の歳月を瞬時に押しのけ、あの日の若い母親と幼い二人の姿が、目の前の三人と重なった。カウンターの中から目を見開いている主人と、今、入って来た三人の客を交互に指さしながら、「あの・・・あの・・・おっ、お前さん!」とオロオロしている女将に、青年の一人が言った。「私たちは、14年前の大晦日の夜、母子三人で一人前のかけそばを注文した者です。あのときの、一杯のかけそばに励まされて、三人手を取り合って生き抜くことができました。その後、母の実家があります滋賀県へ越しました。私は今年、医師の国家試験に合格しまして、京都の大学病院に小児科医の卵として勤めておりますが、年明け4月より、札幌の総合病院で勤務することになりました。その病院へのあいさつと、父のお墓への報告を兼ね、おそば屋さんにはなりませんでしたが、京都の銀行に勤める弟と相談しまして、今までの人生の中で、最高のぜいたくを計画しました。・・・それは、大晦日に母と三人で、札幌の北海亭さんを訪ね、三人前のかけそばを頼むことでした」うなずきながら聞いていた女将と主人の目からドッと涙があふれでた。「・・・ようこそ・・・さぁどうぞ・・・お前さん!二番テーブルかけ三丁!」仏頂面を涙でぬらした主人、「あいよっ!かけ三丁!」
先ほどまでちらついていた雪も止み、新雪に跳ね返った窓明かりが照らしだす「北海亭」と書かれた暖簾を、ほんの一足早く吹く睦月の風が揺らしていた。
(平成30年12月17日記)
一杯のかけそば
この物语は、今から15年ほど前の12月31日、札幌찰황さっぽろ [札幌]の街にあるそば屋「北海亭」での出来事から始まる。
そば屋にとって一番のかき入れ时は大晦日である。
北海亭もこの日ばかりは朝からてんてこ舞の忙しさだった。いつもは夜の12时过ぎまで赈やかな表通りだが、夕方になるにつれ家路につく人々の足も速くなる。10时を回ると北海亭の客足もぱったりと止まる。
顷合いを见计らって、人はいいのだが无爱想な主人に代わって、常连客から女将さんと呼ばれているその妻は、忙しかった1日をねぎらう、大入り袋と土产のそばを持たせて、パートタイムの従业员を帰した。
最后の客が店を出たところで、そろそろ表の暖帘を下げようかと话をしていた时、入口の戸がガラガラガラと力无く开いて、2人の子どもを连れた女性が入ってきた。6歳と10歳くらいの男の子は真新しい揃いのトレーニングウェア姿で、女性は季节はずれのチェックの半コートを着ていた。
「いらっしゃいませ!」
と迎える女将に、その女性はおずおずと言った。
「あのー……かけそば……1人前なのですが……よろしいでしょうか」
后ろでは、2人の子ども达が心配颜で见上げている。
「えっ……えぇどうぞ。どうぞこちらへ」
暖房に近い2番テーブルへ案内しながら、カウンターの奥に向かって、
「かけ1丁!」
と声をかける。それを受けた主人は、チラリと3人连れに目をやりながら、
「あいよっ! かけ1丁!」
とこたえ、玉そば1个と、さらに半个を加えてゆでる。
玉そば1个で1人前の量である。客と妻に悟られぬサービスで、大盛りの分量のそばがゆであがる。
テーブルに出された1杯のかけそばを囲んで、额を寄せあって食べている3人の话し声がカウンターの中までかすかに届く。
「おいしいね」
と兄。
「お母さんもお食べよ」
と1本のそばをつまんで母亲の口に持っていく弟。
やがて食べ终え、150円の代金を支払い、「ごちそうさまでした」と头を下げて出ていく母子3人に、
「ありがとうございました! どうかよいお年を!」
と声を合わせる主人と女将。
新しい年を迎えた北海亭は、相変わらずの忙しい毎日の中で1年が过ぎ、再び12月31日がやってきた。
前年以上の猫の手も借りたいような1日が终わり、10时を过ぎたところで、店を闭めようとしたとき、ガラガラガラと戸が开いて、2人の男の子を连れた女性が入ってきた。
女将は女性の着ているチェックの半コートを见て、1年前の大晦日、最后の客を思いだした。
「あのー……かけそば……1人前なのですが……よろしいでしょうか」
「どうぞどうぞ。こちらへ」
女将は、昨年と同じ2番テーブルへ案内しながら、
「かけ1丁!」
と大きな声をかける。
「あいよっ! かけ1丁」
と主人はこたえながら、消したばかりのコンロに火を入れる。
「ねえお前さん、サービスということで3人前、出して上げようよ」
そっと耳打ちする女将に、
「だめだだめだ、そんな事したら、かえって気をつかうべ」
と言いながら玉そば1つ半をゆで上げる夫を见て、
「お前さん、仏顶面してるけどいいとこあるねえ」
とほほ笑む妻に対し、相変わらずだまって盛りつけをする主人である。
テーブルの上の、1杯のそばを囲んだ母子3人の会话が、カウンターの中と外の2人に闻こえる。
「……おいしいね……」
「今年も北海亭のおそば食べれたね」
「来年も食べれるといいね……」
食べ终えて、150円を支払い、出ていく3人の后ろ姿に
「ありがとうございました! どうかよいお年を!」
その日、何十回とくり返した言叶で送り出した。
商売繁盛のうちに迎えたその翌年の大晦日の夜、北海亭の主人と女将は、たがいに口にこそ出さないが、九时半を过ぎた顷より、そわそわと落ち着かない。
10时を回ったところで従业员を帰した主人は、壁に下げてあるメニュー札を次々と裏返した。今年の夏に値上げして「かけそば200円」と书かれていたメニュー札が、150円に早変わりしていた。
2番テーブルの上には、すでに30分も前から「予约席」の札が女将の手で置かれていた。
10时半になって、店内の客足がとぎれるのを待っていたかのように、母と子の3人连れが入ってきた。
兄は中学生の制服、弟は去年兄が着ていた大きめのジャンパーを着ていた。2人とも见违えるほどに成长していたが、母亲は色あせたあのチェックの半コート姿のままだった。
「いらっしゃいませ!」
と笑颜で迎える女将に、母亲はおずおずと言う。
「あのー……かけそば……2人前なのですが……よろしいでしょうか」
「えっ……どうぞどうぞ。さぁこちらへ」
と2番テーブルへ案内しながら、そこにあった「予约席」の札を何気なく隠し、カウンターに向かって
「かけ2丁!」
それを受けて
「あいよっ! かけ2丁!」
とこたえた主人は、玉そば3个を汤の中にほうり込んだ。
2杯のかけそばを互いに食べあう母子3人の明るい笑い声が闻こえ、话も弾んでいるのがわかる。カウンターの中で思わず目と目を见交わしてほほ笑む女将と、例の仏顶面のまま「うん、うん」とうなずく主人である。
「お兄ちゃん、淳ちゃん……今日は2人に、お母さんからお礼が言いたいの」
「……お礼って……どうしたの」
「実はね、死んだお父さんが起こした事故で、8人もの人にけがをさせ迷惑をかけてしまったんだけど……保険などでも支払いできなかった分を、毎月5万円ずつ払い続けていたの」
「うん、知っていたよ」
女将と主人は身动きしないで、じっと闻いている。
「支払いは年明けの3月までになっていたけど、実は今日、ぜんぶ支払いを済ますことができたの」
「えっ! ほんとう、お母さん!」
「ええ、ほんとうよ。お兄ちゃんは新闻配达をしてがんばってくれてるし、淳ちゃんがお买い物や夕饭のしたくを毎日してくれたおかげで、お母さん安心して働くことができたの。よくがんばったからって、会社から特别手当をいただいたの。それで支払いをぜんぶ终わらすことができたの」
「お母さん! お兄ちゃん! よかったね! でも、これからも、夕饭のしたくはボクがするよ」
「ボクも新闻配达、続けるよ。淳! がんばろうな!」
「ありがとう。ほんとうにありがとう」
「今だから言えるけど、淳とボク、お母さんに内绪にしていた事があるんだ。それはね……11月の日曜日、淳の授业参観の案内が、学校からあったでしょう。……あのとき、淳はもう1通、先生からの手纸をあずかってきてたんだ。淳の书いた作文が北海道の代表に选ばれて、全国コンクールに出品されることになったので、参観日に、その作文を淳に読んでもらうって。先生からの手纸をお母さんに见せれば……むりして会社を休むのわかるから、淳、それを隠したんだ。そのこと淳の友だちから闻いたものだから……ボクが参観日に行ったんだ」
「そう……そうだったの……それで」
「先生が、あなたは将来どんな人になりたいですか、という题で、全员に作文を书いてもらいましたところ、淳くんは、『一杯のかけそば』という题で书いてくれました。これからその作文を読んでもらいますって。『一杯のかけそば』って闻いただけで北海亭でのことだとわかったから……淳のヤツなんでそんな耻ずかしいことを书くんだ! と心の中で思ったんだ。
作文はね……お父さんが、交通事故で死んでしまい、たくさんの借金が残ったこと、お母さんが、朝早くから夜遅くまで働いていること、ボクが朝刊夕刊の配达に行っていることなど……ぜんぶ読みあげたんだ。
そして12月31日の夜、3人で食べた1杯のかけそばが、とてもおいしかったこと。……3人でたった1杯しか頼まないのに、おそば屋のおじさんとおばさんは、ありがとうございました! どうかよいお年を! って大きな声をかけてくれたこと。その声は……负けるなよ! 顽张れよ! 生きるんだよ! って言ってるような気がしたって。それで淳は、大人になったら、お客さんに、顽张ってね! 幸せにね! って思いを込めて、ありがとうございました! と言える日本一の、おそば屋さんになります。って大きな声で読みあげたんだよ」
カウンターの中で、闻き耳を立てていたはずの主人と女将の姿が见えない。
カウンターの奥にしゃがみ込んだ2人は、1本のタオルの端を互いに引っ张り合うようにつかんで、こらえきれず溢れ出る涙を拭っていた。
「作文を読み终わったとき、先生が、淳くんのお兄さんがお母さんにかわって来てくださってますので、ここで挨拶をしていただきましょうって……」
「まぁ、それで、お兄ちゃんどうしたの」
「突然言われたので、初めは言叶が出なかったけど……皆さん、いつも淳と仲よくしてくれてありがとう。……弟は、毎日夕饭のしたくをしています。それでクラブ活动の途中で帰るので、迷惑をかけていると思います。今、弟が『一杯のかけそば』と読み始めたとき……ぼくは耻ずかしいと思いました。……でも、胸を张って大きな声で読みあげている弟を见ているうちに、1杯のかけそばを耻ずかしいと思う、その心のほうが耻ずかしいことだと思いました。
あの时……1杯のかけそばを頼んでくれた母の勇気を、忘れてはいけないと思います。……兄弟、力を合わせ、母を守っていきます。……これからも淳と仲よくして下さい、って言ったんだ」
しんみりと、互いに手を握ったり、笑い転げるようにして肩を叩きあったり、昨年までとは、打って変わった楽しげな年越しそばを食べ终え、300円を支払い「ごちそうさまでした」と、深々と头を下げて出て行く3人を、主人と女将は1年を缔めくくる大きな声で、
「ありがとうございました! どうかよいお年を!」
と送り出した。
また1年が过ぎて――。
北海亭では、夜の9时过ぎから「予约席」の札を2番テーブルの上に置いて待ちに待ったが、あの母子3人は现れなかった。
次の年も、さらに次の年も、2番テーブルを空けて待ったが、3人は现れなかった。
北海亭は商売繁盛のなかで、店内改装をすることになり、テーブルや椅子も新しくしたが、あの2番テーブルだけはそのまま残した。
真新しいテーブルが并ぶなかで、1脚だけ古いテーブルが中央に置かれている。
「どうしてこれがここに」
と不思议がる客に、主人と女将は『一杯のかけそば』のことを话し、このテーブルを见ては自分たちの励みにしている、いつの日か、あの3人のお客さんが、来てくださるかも知れない、その时、このテーブルで迎えたい、と说明していた。
その话が「幸せのテーブル」として、客から客へと伝わった。わざわざ远くから访ねてきて、そばを食べていく女学生がいたり、そのテーブルが、空くのを待って注文をする若いカップルがいたりで、なかなかの人気を呼んでいた。
それから更に、数年の歳月が流れた12月31日の夜のことである。北海亭には同じ町内の商店会のメンバーで家族同然のつきあいをしている仲间达がそれぞれの店じまいを终え集まってきていた。北海亭で年越しそばを食べた后、除夜の钟の音を闻きながら仲间とその家族がそろって近くの神社へ初诣に行くのが5~6年前からの恒例となっていた。
この夜も9时半过ぎに、鱼屋の夫妇が刺身を盛り合わせた大皿を両手に持って入って来たのが合図だったかのように、いつもの仲间30人余りが酒や肴を手に次々と北海亭に集まってきた。「幸せの2番テーブル」の物语の由来を知っている仲间达のこと、互いに口にこそ出さないが、おそらく今年も空いたまま新年を迎えるであろう「大晦日10时过ぎの予约席」をそっとしたまま、穷屈な小上がりの席を全员が少しずつ身体をずらせて遅れてきた仲间を招き入れていた。
海水浴のエピソード、孙が生まれた话、大売り出しの话。赈やかさが顶点に达した10时过ぎ、入口の戸がガラガラガラと开いた。几人かの视线が入口に向けられ、全员が押し黙る。北海亭の主人と女将以外は谁も会ったことのない、あの「幸せの2番テーブル」の物语に出てくる薄手のチェックの半コートを着た若い母亲と幼い二人の男の子を谁しもが想像するが、入ってきたのはスーツを着てオーバーを手にした二人の青年だった。ホッとした溜め息が漏れ、赈やかさが戻る。女将が申し訳なさそうな颜で
「あいにく、満席なものですから」
断ろうとしたその时、和服姿の妇人が深々と头を下げ入ってきて二人の青年の间に立った。店内にいる全ての者が息を呑んで闻き耳を立てる。
「あのー……かけそば……3人前なのですが……よろしいでしょうか」
その声を闻いて女将の颜色が変わる。十数年の歳月を瞬时に押しのけ、あの日の若い母亲と幼い二人の姿が目の前の3人と重なる。カウンターの中から目を见开いてにらみ付けている主人と今入ってきた3人の客とを交互に指さしながら
「あの……あの……、おまえさん」
と、おろおろしている女将に青年の一人が言った。
「私达は14年前の大晦日の夜、亲子3人で1人前のかけそばを注文した者です。あの时、一杯のかけそばに励まされ、3人手を取り合って生き抜くことが出来ました。その后、母の実家があります滋贺県へ越しました。私は今年、医师の国家试験に合格しまして京都の大学病院に小児科医の卵として勤めておりますが、年明け4月より札幌の総合病院で勤务することになりました。その病院への挨拶と父のお墓への报告を兼ね、おそば屋さんにはなりませんでしたが、京都の银行に勤める弟と相谈をしまして、今までの人生の中で最高の赘沢を计画しました。それは大晦日に母と3人で札幌の北海亭さんを访ね、3人前のかけそばを頼むことでした」
うなずきながら闻いていた女将と主人の目からどっと涙があふれ出る。入口に近いテーブルに阵取っていた八百屋の大将がそばを口に含んだまま闻いていたが、そのままゴクッと饮み込んで立ち上がり
「おいおい、女将さん。何してんだよお。10年间この日のために用意して待ちに待った『大晦日10时过ぎの予约席』じゃないか。ご案内だよ。ご案内」
八百屋に肩をぽんと叩かれ、気を取り直した女将は
「ようこそ、さあどうぞ。 おまえさん、2番テーブルかけ3丁!」
仏顶面を涙でぬらした主人、
「あいよっ! かけ3丁!」
期せずして上がる歓声と拍手の店の外では、先程までちらついていた雪もやみ、新雪にはね返った窓明かりが照らしだす『北海亭』と书かれた暖帘を、ほんの一足早く吹く睦月の风が揺らしていた。
우동집 일본어 udon-. うどん-. . 饂飩-
뜻풀이부
-
1.
명사 乌冬面馆 wūdōngmiànguǎn,乌龙面馆 wūlóngmiàn guǎn,面条馆 miàntiáoguǎn,面馆 miànguǎn。
우동을 끓여 파는 집.
이 우동집의 국물 맛은 일품이다.
这家乌冬面馆的面汤味道一流。
출처 : 에듀월드 표준한한중사전
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뜻풀이 1
面馆儿 [miànguǎnr] 듣기
-
명사 국수[우동]집. 분식점.
《一碗阳春面》又译为《一碗清汤荞麦面》,是一个感人至深的故事,在日本企业内部和政府部门也广为流传,不论是首相、总统、议员、著名企业家,还是企业员工、普通百姓,无不为这个故事深深感染,因为在它朴实的语言下,蕴藏着触动灵魂的人格力量和人性光辉。
作者栗良平通过收集日本民间故事而创作的感人故事《一碗阳春面》用简单地故事情节、细致的人物对话、质朴的人物性格描写,向读者展示了一种在困境中仍然充满希望,坚强面对生活的不幸、陌生人之间的关爱和尊重的美好品质。
这种善良、勇敢、奋发和友爱的人性美在母子三人身上以及面馆夫妇身上显露无疑。
目录
作者简介
一碗阳春面
栗良平,日本作家。本名伊藤贡,北海道砂州市人。
在综合医院任职十年。高中时代曾翻译安徒生童话而引起对口述童话的创作兴趣。他利用业余时间,收集四百多篇民间故事,以各地方言,亲自巡回讲述,并主办“栗子会”,以及“大人对小孩说故事”为主题,展开全国性的说故事活动。
主要发表的作品有《纺织公主》、《又听到二号汽笛》、《穿越战国时代的天空》等多种。他以《一碗阳春面》而成为儿童类畅销作家。
《一碗阳春面》这篇小说体现了亲情的美,人性的美:通过母子三人在困难的处境中坚强奋斗、互相激励的故事,动人的表现了团结、向上、不屈、奋争的主题。
中文全文
对于面馆来说,最忙的时候,要算是大年夜了。北海亭面馆的这一天,也是从早就忙得不亦乐乎。
平时直到深夜十二点还很热闹的大街,大年夜晚上一过十点,就很宁静了。北海亭面馆的顾客,此时也像是突然都失踪了似的。
就在最后一位顾客出了门,店主要说关门打烊的时候,店门被咯吱咯吱地拉开了。一个女人带着两个孩子走了进来。六岁和十岁左右的两个男孩子,一个身崭新的运动服。女人却穿着不合时令的斜格子的短大衣。
“欢迎光临!”老板娘上前去招呼。
“呃……阳春面……一碗……可以吗?”女人怯生生地问。 那两个小男孩躲在妈妈的身后,也怯生生地望着老板娘。
“行啊,请,请这边坐,”老板娘说着,领他们母子三人坐到靠近暖气的二号桌,一边向柜台里面喊着,“阳春面一碗!”
听到喊声的老板,抬头瞥了他们三人一眼,应声答道:“好咧!阳春面一碗——”
案板上早就准备好的,堆成一座座小山似的面条,一堆是一人份。老板抓了一堆面,继而又加了半堆,一起放进锅里。老板娘立刻领悟到,这是丈夫特意多给这母子三人的。
热腾腾香喷喷的阳春面放到桌上,母子三人立即围着这碗面,头碰头地吃了起来。
“真好吃啊!”哥哥说。
“妈妈也吃呀!”弟弟挟了一筷面,送到妈妈口中。
不一会,面吃完了,付了150元钱。
“承蒙款待,”母子三人一起点头谢过,出了店门。
“谢谢,祝你们过个好年!”老板和老板娘应声答道。
过了新年的北海亭面馆,每天照样忙忙碌碌。一年很快过去了,转眼又是大年夜。
和以前的大年夜一样,忙得不亦乐乎的这一天就要结束了。过了晚上十点,正想关门打烊,店门又被拉开了,一个女人带着两个男孩走了进来。
老板娘看到那女人身上的那件不合时令的斜格子短大衣,就想起去年大年夜那三位最后的顾客。
“……呃……阳春面一碗……可以吗?”
“请,请里边坐,”老板娘将他们带到去年的那张二号桌,“阳春面一碗——” “好咧,阳春面一碗——”老板应声回答着,并将已经熄灭的炉火重新点燃起来。
“喂,孩子他爹,给他们下三碗,好吗?”
老板娘在老板耳边轻声说道。
“不行,如果这样的话,他们也许会尴尬的。”
老板说着,抓了一人半份的面下了锅。
桌上放着一碗阳春面,母子三人边吃边谈着,柜台里的老板和老板娘也能听到他们的声音。
“真好吃……”
“今年又能吃到北海亭的阳春面了。”
“明年还能来吃就好了……”
吃完后,付了150元钱。老板娘看着他们的背影,“谢谢,祝你们过个好年!”
这一天,被这句说过几十遍乃至几百遍的祝福送走了。
随着北海亭面馆的生意兴隆,又迎来了第三年的大年夜。
从九点半开始,老板和老板娘虽然谁都没说什么,但都显得有点心神不 定。十点刚过,雇工们下班走了,老板和老板娘立刻把墙上挂着的各种面的价格牌一一翻了过来,赶紧写好“阳春面150元”,其实,从今年夏天起,随着物价的上涨,阳春面的价格已经是200元一碗了。
二号桌上,早在30分钟以前,老板娘就已经摆好了“预约席”的牌子。
到了十点半,店里已经没有客人了,但老板和老板娘还在等候着那母子三人的到来。 他们来了。哥哥穿着中学生的制服,弟弟穿着去年哥哥穿的那件略有些大的旧衣服,兄弟二人都长大了,有点认不出来了。母亲还是穿着那件不合时令的有些褪色的短大衣。
“欢迎光临,”老板娘笑着迎上前去。
“……呃……阳春面两碗……可以吗?”母亲怯生生地问。
“行,请,请里边坐!”
老板娘把他们领到二号桌,一边若无其事的将桌上那块预约牌藏了起来,对柜台喊道:
“阳春面两碗!”
“好咧,阳春面两碗——”
老板应声答道,把三碗面的份量放进锅里。
母子三人吃着两碗阳春面,说着,笑着。
“大儿,淳儿,今天,我做母亲的想要向你们道谢。” “道谢?向我们?……为什么?”
“实在是,因为你们的父亲死于交通事故,生前欠下了八个人的钱。我把抚恤金全部还了债,还不够的部分,就每月五万元分期偿还。”
“这些我们都知道呀。”
老板和老板娘在柜台里,一动不动地凝神听着。
“剩下的债,到明年三月还清,可实际上,今天就已经全部还清了。”
“啊,这是真的吗,妈妈?”
“是真的。大儿每天送报支持我,淳儿每天买菜烧饭帮我忙,所以我能够安心工作。因为我努力工作,得到了公司的特别津贴,所以现在能够全部还清债款。”
“好啊!妈妈,哥哥,从现在起,每天烧饭的事还是我包了!” “我也继续送报。弟弟,我们一起努力吧!”
“谢谢,真是谢谢”
“我和弟弟也有一件事瞒着妈妈,今天可以说了。这是在十一月的星期天,我到弟弟学校去参加家长会。这时,弟弟已经藏了一封老师给妈妈的信……弟弟写的作文如果被选为北海道的代表,就能参加僵的作文比赛。正因为这样,家长会的那天,老师要弟弟自己朗读这篇作文。老师的信如果给妈妈看了,妈妈一定会向公司请假,去听弟弟朗读作文,于是,弟弟就没有把这封信交给妈妈。这事,我还是从弟弟的朋友那里听来的。所以,家长会那天,是我去了。” “哦,原来是这样……那后来呢?”
“老师出的作文题目是,你‘将来想成为怎样的人’,全体学生都写了,弟弟的题目是《一碗阳春面》,一听这题目,我就知道是写的北海亭面馆的事。弟弟这家伙,怎么把这种难为情的事写出来,当时我这么想着。”
“作文写的是,父亲死于交通事故,留下一大笔债。母亲每天从早到晚拼命工作,我去送早报和晚报……弟弟全写了出来。接着又写,十二月三十一日的晚上,母子三人吃一碗阳春面,非常好吃……三个人只买一碗阳春面,面馆的叔叔阿姨还是很热情地接待我们,谢谢我们,还祝福我们过个好年。听到这声音,弟弟的心中不由地喊着:不能失败,要努力,要好好活着!因此,弟弟长大成人后,想开一家日本第一的面馆,也要对顾客说,努力吧,祝你幸福,谢谢。弟弟大声地朗读着作文……” 此刻,柜台里竖着耳朵,全神贯注听母子三人说话的老板和老板娘不见。在柜台后面,只见他们两人面对面地蹲着,一条毛巾,各执一端,正在擦着夺眶而出的眼泪。
“作文朗读完后,老师说,‘今天淳君的哥哥代替他母亲来参加我们的家长会,现在我们请他来说几句话……’”
“这时哥哥为什么”弟弟疑惑地望着哥哥。
“因为突然被叫上去说话,一开始,我什么准备也说不出……诸君一直和我弟弟很要好,在此,我谢谢大家。弟弟每天做晚饭,放弃了俱乐部的活动,中途回家, 我做哥哥的,感到很难为情。刚才,弟弟的《一碗阳春面》刚开始朗读的时候,我感到很丢脸,但是,当我看到弟弟激动地大声朗读时,我心里更感到羞愧,这时我 想,决不能忘记母亲买一碗阳春面的勇气,兄弟们,齐心合力,为保护我们的母亲而努力吧!从今以后,请大家更好地和我弟弟做朋友。我就说这些……” 母子三人,静静地,互相握着手,良久。继而又欢快地笑了起来。 和去年相比,像是完全变了模样。
作为年夜饭的阳春面吃完了,付了150元。
“承蒙款待,”母子三人深深地低头道谢,走出了店门。
“谢谢,祝你们过个好年!”
老板和老板娘大声向他们祝福,目送他们远去。
又是一年的大年夜降临了。北海亭面馆里,晚上九点一过,二号桌上又摆上了预约席的牌子,等待着母子三人的到来。可是,这一天始终没有看到他们三人的身影。
一年,又是一年,二号桌始终默默地等待着。可母子三人还是没有出现。
北海亭面馆因为生意越来越兴隆,店内重又进行了装修。桌子、椅子都换了新的,可二号桌却依然如故,老板夫妇不但没感到不协调,反而把二号桌安放在店堂的中央。 “为什么把这张旧桌子放在店堂中央?”有的顾客感到奇怪。
于是,老板夫妇就把“一碗阳春面”的故事告诉他们。并说,看到这张桌子,就是对自己的激励。而且,说不定哪天那母子三人还会来,这个时候,还想用这张桌子来迎接他们。
就这样,关于二号桌的故事,使二号桌成了幸福的桌子。顾客们到处传颂着,有人特意从老远的地方赶来,有女学生,也有年轻的情侣,都要到二号桌吃一碗阳春面。二号桌也因此名声大振。
时光流逝,年复一年。这一年的大年夜又来到了。
这时,北海亭面馆已经是这条街商会的主要成员,大年夜这天,亲如家人的朋友、近邻、同行,结束了一天的工作后,都来到北海亭,在北海亭吃了过年面,听着 除夕夜的钟声,然后亲朋好友聚集起来,一起到附近神社去烧香磕头,以求神明保佑。这种情形,已经有五六年了。 今年的大年夜当然也不例外。九点半一过,以鱼店老板夫妇捧着装满生鱼片的大盘子进来为信号,平时的街坊好友三十多人,也都带着酒菜,陆陆续续地会集到北海 亭。店里的气氛一下子热闹起来。
知道二号桌由来的朋友们,嘴里没说什么,可心里都在想着,今年二号桌也许又要空等了吧?那块预约席的牌子,早已悄悄地放在了二号桌上。
狭窄的座席之间,客人们一点一点地移动着身子坐下,有人还招呼着迟到的朋友。吃着面,喝着酒,互相挟着菜。有人到柜台里去帮忙,有人随意打开冰箱拿东西。什么廉价出售的生意啦,海水浴的艳闻趣事啦,什么添了孙子的事啦。十点半时,北海亭里的热闹气氛达到了顶点。 就在这时,店门被咯吱咯吱地拉开了。人们都向门口望去,屋子里突然静了下来。
两位西装笔挺、手臂上搭着大衣的青年走了进来。这时,大伙才都松了口气,随着轻轻的叹息声,店里又恢复了刚才的热闹。
“真不凑巧,店里已经坐满了,”老板娘面带歉意的说。
就在拒绝两位青年的时候,一个身穿和服的女人,深深低着头走了进来,站在两位青年的中间。 店里的人们,一下子都屏住了呼吸,耳朵也都竖了起来。
“呃……三碗阳春面,可以吗?”穿和服的女人平静地说。
听到这话,老板娘的脸色一下子变了。十几年前留在脑海中的母子三人的印象,和眼前这三人的形象重叠起来了。
老板娘指着三位来客,目光和正在柜台里忙碌的丈夫的目光撞到一处。
“啊,啊,……孩子他爹……”
面对着不知所措的老板娘,青年中的一位开口了。
“我们就是十四年前的大年夜,母子三人共吃一碗阳春面的顾客。那时,就是这一碗阳春面的鼓励,使我们三人同心合力,度过了艰难的岁月。这以后,我们搬到母 亲的亲家滋贺县去了。” “我今年通过了医生的国家考试,现在京都的大学医院当实习医生。明年四月,我将到札幌的综合医院工作。还没有开面馆的弟弟,现在京都的银行里工作。我和弟 弟商量,计划着生平第一次的奢侈行动。就这样,今天我们母子三人,特意到札幌的北海亭来拜访,想要麻烦你们煮三碗阳春面。”
边听边点头的老板夫妇,泪珠一串串地掉下来。
坐在靠近门口的蔬菜店老板,嘴里含着一口面听着,直到这时,才把面咽了下去,站起身来。
“喂喂!老板娘,你呆站在那里干什么?这十几年的每一个大年夜,你不是都为等待他们的到来做好了准备吗?快,快请他们入座,快!” 被蔬菜店老板用肩头一撞,老板娘才清醒过来。
“欢……欢迎,请,请坐……孩子他爹,二号桌阳春面三碗——”
“好咧——阳春面三碗——”泪流满面的丈夫差点应不出声来。
店里,突然爆发出一阵不约而同的欢呼声和鼓掌声。
店外,刚才还在纷纷扬扬飘着的雪花,此刻也停了。皑皑白雪映着明净的窗子,那写着“北海亭”的布帘子,在正月的清风中,摇着,飘着……
日文原文
一杯のかけそば この物语は、今から15年ほど前の12月31日、札幌の街にあるそば屋「北海亭」での出来事から始まる。
そば屋にとって一番のかき入れ时は大晦日である。
北海亭もこの日ばかりは朝からてんてこ舞の忙しさだった。いつもは夜の12时过ぎまで赈やかな表通りだが、夕方になるにつれ家路につく人々の足も速くなる。10时を回ると北海亭の客足もぱったりと止まる。
顷合いを见计らって、人はいいのだが无爱想な主人に代わって、常连客から女将さんと呼ばれているその妻は、忙しかった1日をねぎらう、大入り袋と土产のそばを持たせて、パートタイムの従业员を帰した。
最后の客が店を出たところで、そろそろ表の暖帘を下げようかと话をしていた时、入口の戸がガラガラガラと力无く开いて、2人の子どもを连れた女性が入ってきた。6歳と10歳くらいの男の子は真新しい揃いのトレーニングウェア姿で、女性は季节はずれのチェックの半コートを着ていた。
いらっしゃいませ!」
と迎える女将に、その女性はおずおずと言った。
「あのー……かけそば……1人前なのですが……よろしいでしょうか」
后ろでは、2人の子ども达が心配颜で见上げている。
「えっ……えぇどうぞ。どうぞこちらへ」
暖房に近い2番テーブルへ案内しながら、カウンターの奥に向かって、
「かけ1丁!」
と声をかける。それを受けた主人は、チラリと3人连れに目をやりながら、
「あいよっ! かけ1丁!」
とこたえ、玉そば1个と、さらに半个を加えてゆでる。
玉そば1个で1人前の量である。客と妻に悟られぬサービスで、大盛りの分量のそばがゆであがる。
テーブルに出された1杯のかけそばを囲んで、额を寄せあって食べている3人の话し声がカウンターの中までかすかに届く。
「おいしいね」
と兄。
「お母さんもお食べよ」
と1本のそばをつまんで母亲の口に持っていく弟。
やがて食べ终え、150円の代金を支払い、「ごちそうさまでした」と头を下げて出ていく母子3人に、
「ありがとうございました! どうかよいお年を!」
と声を合わせる主人と女将。
新しい年を迎えた北海亭は、相変わらずの忙しい毎日の中で1年が过ぎ、再び12月31日がやってきた。
前年以上の猫の手も借りたいような1日が终わり、10时を过ぎたところで、店を闭めようとしたとき、ガラガラガラと戸が开いて、2人の男の子を连れた女性が入ってきた。
女将は女性の着ているチェックの半コートを见て、1年前の大晦日、最后の客を思いだした。
「あのー……かけそば……1人前なのですが……よろしいでしょうか」
「どうぞどうぞ。こちらへ」
女将は、昨年と同じ2番テーブルへ案内しながら、
「かけ1丁!」
と大きな声をかける。
「あいよっ! かけ1丁」
と主人はこたえながら、消したばかりのコンロに火を入れる。
「ねえお前さん、サービスということで3人前、出して上げようよ」
そっと耳打ちする女将に、
「だめだだめだ、そんな事したら、かえって気をつかうべ」
と言いながら玉そば1つ半をゆで上げる夫を见て、
「お前さん、仏顶面してるけどいいとこあるねえ」
とほほ笑む妻に対し、相変わらずだまって盛りつけをする主人である。
テーブルの上の、1杯のそばを囲んだ母子3人の会话が、カウンターの中と外の2人に闻こえる。
「……おいしいね……」
「今年も北海亭のおそば食べれたね」
「来年も食べれるといいね……」
食べ终えて、150円を支払い、出ていく3人の后ろ姿に
「ありがとうございました! どうかよいお年を!」
その日、何十回とくり返した言叶で送り出した。
商売繁盛のうちに迎えたその翌年の大晦日の夜、北海亭の主人と女将は、たがいに口にこそ出さないが、九时半を过ぎた顷より、そわそわと落ち着かない。
10时を回ったところで従业员を帰した主人は、壁に下げてあるメニュー札を次々と裏返した。今年の夏に値上げして「かけそば200円」と书かれていたメニュー札が、150円に早変わりしていた。
2番テーブルの上には、すでに30分も前から「予约席」の札が女将の手で置かれていた。
10时半になって、店内の客足がとぎれるのを待っていたかのように、母と子の3人连れが入ってきた。
兄は中学生の制服、弟は去年兄が着ていた大きめのジャンパーを着ていた。2人とも见违えるほどに成长していたが、母亲は色あせたあのチェックの半コート姿のままだった。
「いらっしゃいませ!」
と笑颜で迎える女将に、母亲はおずおずと言う。
「あのー……かけそば……2人前なのですが……よろしいでしょうか」
「えっ……どうぞどうぞ。さぁこちらへ」
と2番テーブルへ案内しながら、そこにあった「予约席」の札を何気なく隠し、カウンターに向かって
「かけ2丁!」
それを受けて
「あいよっ! かけ2丁!」
とこたえた主人は、玉そば3个を汤の中にほうり込んだ。
2杯のかけそばを互いに食べあう母子3人の明るい笑い声が闻こえ、话も弾んでいるのがわかる。カウンターの中で思わず目と目を见交わしてほほ笑む女将と、例の仏顶面のまま「うん、うん」とうなずく主人である。
「お兄ちゃん、淳ちゃん……今日は2人に、お母さんからお礼が言いたいの」
「……お礼って……どうしたの」
「実はね、死んだお父さんが起こした事故で、8人もの人にけがをさせ迷惑をかけてしまったんだけど……保険などでも支払いできなかった分を、毎月5万円ずつ払い続けていたの」
「うん、知っていたよ」
女将と主人は身动きしないで、じっと闻いている。
「支払いは年明けの3月までになっていたけど、実は今日、ぜんぶ支払いを済ますことができたの」
「えっ! ほんとう、お母さん!」
「ええ、ほんとうよ。お兄ちゃんは新闻配达をしてがんばってくれてるし、淳ちゃんがお买い物や夕饭のしたくを毎日してくれたおかげで、お母さん安心して働くことができたの。よくがんばったからって、会社から特别手当をいただいたの。それで支払いをぜんぶ终わらすことができたの」
「お母さん! お兄ちゃん! よかったね! でも、これからも、夕饭のしたくはボクがするよ」
「ボクも新闻配达、続けるよ。淳! がんばろうな!」
「ありがとう。ほんとうにありがとう」
「今だから言えるけど、淳とボク、お母さんに内绪にしていた事があるんだ。それはね……11月の日曜日、淳の授业参観の案内が、学校からあったでしょう。……あのとき、淳はもう1通、先生からの手纸をあずかってきてたんだ。淳の书いた作文が北海道の代表に选ばれて、全国コンクールに出品されることになったので、参観日に、その作文を淳に読んでもらうって。先生からの手纸をお母さんに见せれば……むりして会社を休むのわかるから、淳、それを隠したんだ。そのこと淳の友だちから闻いたものだから……ボクが参観日に行ったんだ」
「そう……そうだったの……それで」
「先生が、あなたは将来どんな人になりたいですか、という题で、全员に作文を书いてもらいましたところ、淳くんは、『一杯のかけそば』という题で书いてくれました。これからその作文を読んでもらいますって。『一杯のかけそば』って闻いただけで北海亭でのことだとわかったから……淳のヤツなんでそんな耻ずかしいことを书くんだ! と心の中で思ったんだ。
作文はね……お父さんが、交通事故で死んでしまい、たくさんの借金が残ったこと、お母さんが、朝早くから夜遅くまで働いていること、ボクが朝刊夕刊の配达に行っていることなど……ぜんぶ読みあげたんだ。
そして12月31日の夜、3人で食べた1杯のかけそばが、とてもおいしかったこと。……3人でたった1杯しか頼まないのに、おそば屋のおじさんとおばさんは、ありがとうございました! どうかよいお年を! って大きな声をかけてくれたこと。その声は……负けるなよ! 顽张れよ! 生きるんだよ! って言ってるような気がしたって。それで淳は、大人になったら、お客さんに、顽张ってね! 幸せにね! って思いを込めて、ありがとうございました! と言える日本一の、おそば屋さんになります。って大きな声で読みあげたんだよ」
カウンターの中で、闻き耳を立てていたはずの主人と女将の姿が见えない。
カウンターの奥にしゃがみ込んだ2人は、1本のタオルの端を互いに引っ张り合うようにつかんで、こらえきれず溢れ出る涙を拭っていた。
「作文を読み终わったとき、先生が、淳くんのお兄さんがお母さんにかわって来てくださってますので、ここで挨拶をしていただきましょうって……」
「まぁ、それで、お兄ちゃんどうしたの」
「突然言われたので、初めは言叶が出なかったけど……皆さん、いつも淳と仲よくしてくれてありがとう。……弟は、毎日夕饭のしたくをしています。それでクラブ活动の途中で帰るので、迷惑をかけていると思います。今、弟が『一杯のかけそば』と読み始めたとき……ぼくは耻ずかしいと思いました。……でも、胸を张って大きな声で読みあげている弟を见ているうちに、1杯のかけそばを耻ずかしいと思う、その心のほうが耻ずかしいことだと思いました。
あの时1杯のかけそばを頼んでくれた母の勇気を、忘れてはいけないと思います。……兄弟、力を合わせ、母を守っていきます。……これからも淳と仲よくして下さい、って言ったんだ」
しんみりと、互いに手を握ったり、笑い転げるようにして肩を叩きあったり、昨年までとは、打って変わった楽しげな年越しそばを食べ终え、300円を支払い「ごちそうさまでした」と、深々と头を下げて出て行く3人を、主人と女将は1年を缔めくくる大きな声で、
「ありがとうございました! どうかよいお年を!」
送り出した。
また1年が过ぎて――。
北海亭では、夜の9时过ぎから「予约席」の札を2番テーブルの上に置いて待ちに待ったが、あの母子3人は现れなかった。
次の年も、さらに次の年も、2番テーブルを空けて待ったが、3人は现れなかった。
北海亭は商売繁盛のなかで、店内改装をすることになり、テーブルや椅子も新しくしたが、あの2番テーブルだけはそのまま残した。
真新しいテーブルが并ぶなかで、1脚だけ古いテーブルが中央に置かれている。
「どうしてこれがここに」
と不思议がる客に、主人と女将は『一杯のかけそば』のことを话し、このテーブルを见ては自分たちの励みにしている、いつの日か、あの3人のお客さんが、来てくださるかも知れない、その时、このテーブルで迎えたい、と说明していた。
その话が「幸せのテーブル」として、客から客へと伝わった。わざわざ远くから访ねてきて、そばを食べていく女学生がいたり、そのテーブルが、空くのを待って注文をする若いカップルがいたりで、なかなかの人気を呼んでいた。
それから更に、数年の歳月が流れた12月31日の夜のことである。北海亭には同じ町内の商店会のメンバーで家族同然のつきあいをしている仲间达がそれぞれの店じまいを终え集まってきていた。北海亭で年越しそばを食べた后、除夜の钟の音を闻きながら仲间とその家族がそろって近くの神社へ初诣に行くのが5~6年前からの恒例となっていた。
この夜も9时半过ぎに、鱼屋の夫妇が刺身を盛り合わせた大皿を両手に持って入って来たのが合図だったかのように、いつもの仲间30人余りが酒や肴を手に次々と北海亭に集まってきた。「幸せの2番テーブル」の物语の由来を知っている仲间达のこと、互いに口にこそ出さないが、おそらく今年も空いたまま新年を迎えるであろう「大晦日10时过ぎの予约席」をそっとしたまま、穷屈な小上がりの席を全员が少しずつ身体をずらせて遅れてきた仲间を招き入れていた。
海水浴のエピソード、孙が生まれた话、大売り出しの话。赈やかさが顶点に达した10时过ぎ、入口の戸がガラガラガラと开いた。几人かの视线が入口に向けられ、全员が押し黙る。北海亭の主人と女将以外は谁も会ったことのない、あの「幸せの2番テーブル」の物语に出てくる薄手のチェックの半コートを着た若い母亲と幼い二人の男の子を谁しもが想像するが、入ってきたのはスーツを着てオーバーを手にした二人の青年だった。ホッとした溜め息が漏れ、赈やかさが戻る。女将が申し訳なさそうな颜で
「あいにく、満席なものですから」
断ろうとしたその时、和服姿の妇人が深々と头を下げ入ってきて二人の青年の间に立った。店内にいる全ての者が息を呑んで闻き耳を立てる。
「あのー……かけそば……3人前なのですが……よろしいでしょうか」
その声を闻いて女将の颜色が変わる。十数年の歳月を瞬时に押しのけ、あの日の若い母亲と幼い二人の姿が目の前の3人と重なる。カウンターの中から目を见开いてにらみ付けている主人と今入ってきた3人の客とを交互に指さしながら
「あの……あの……、おまえさん」
と、おろおろしている女将に青年の一人が言った。
「私达は14年前の大晦日の夜、亲子3人で1人前のかけそばを注文した者です。あの时、一杯のかけそばに励まされ、3人手を取り合って生き抜くことが出来ました。その后、母の実家があります滋贺県へ越しました。私は今年、医师の国家试験に合格しまして京都の大学病院に小児科医の卵として勤めておりますが、年明け4月より札幌の総合病院で勤务することになりました。その病院への挨拶と父のお墓への报告を兼ね、おそば屋さんにはなりませんでしたが、京都の银行に勤める弟と相谈をしまして、今までの人生の中で最高の赘沢を计画しました。それは大晦日に母と3人で札幌の北海亭さんを访ね、3人前のかけそばを頼むことでした」
うなずきながら闻いていた女将と主人の目からどっと涙があふれ出る。入口に近いテーブルに阵取っていた八百屋の大将がそばを口に含んだまま闻いていたが、そのままゴクッと饮み込んで立ち上がり
「おいおい、女将さん。何してんだよお。10年间この日のために用意して待ちに待った『大晦日10时过ぎの予约席』じゃないか。ご案内だよ。ご案内」
八百屋に肩をぽんと叩かれ、気を取り直した女将は
「ようこそ、さあどうぞ。 おまえさん、2番テーブルかけ3丁!」
仏顶面を涙でぬらした主人、
「あいよっ! かけ3丁!」
期せずして上がる歓声と拍手の店の外では、先程までちらついていた雪もやみ、新雪にはね返った窓明かりが照らしだす『北海亭』と书かれた暖帘を、ほんの一足早く吹く睦月の风が揺らしていた。
作品赏析
1.除夕夜,万家灯火,家家户户桌上都是丰盛的宴席,这是这一年中吃得最好的一顿,母子三人却在北海亭一家小小的面店,津津有味地吮吸着同一碗阳春面。
穷人,是社会中数量最多,处在最困难的阶层。然而他们却常常是社会变革的主导力量,为世界交换血液,夺取自由,创造财富的中坚。一碗阳春面,我们看到一个母亲坚定的背影,两个孩子渴求的眼神,还看到面店老板和老板娘的两颗火热的善心。
一碗阳春面,面店老板娘一声短短的祝福却撑起了一个家庭的自尊。
父亲死后留下的债,支离破碎的家族亲情,却毁灭不了一个家的梦想。
记得二战的硝烟散去后,有这样两位记者评论日本,一个说:那里满目疮痍,这个民族已无希望;而另一个却发现,在满目疮痍的土地上,清晨依然可以听到孩子们朗朗的早读声,一个国家的兴旺正在于此。
一碗阳春面也同样可以折射这个民族的精神。
东方民族多少好一些面子,那位母亲敢于带孩子去吃一碗阳春面,完全粉碎了面子的这张瓷脸。尽管这个民族曾经轻辱血洗过我们的土地,但当年这个小小的岛国是何等的发达,亦如今日在世界上遥遥领先。
同样好面子,他们可以驾着飞机做肉弹,可以让满载三千士兵的“大和号”沉入太平洋海底;同样的好面子,我们一面叫嚷打倒日本帝国主义,而日本在中国的兵力远远小于在太平洋上的兵力,仅仅中国的日伪军人数就远远大于日本本土的。战争打得不是人数,而是实力,更是精神。
一碗阳春面,折射出的不仅是一种自尊,一颗善心,一点坚持,而是一个站立的民族,一个血与泪浇铸下不屈的灵魂。
우동 한그릇 (글 / 구리 료헤이くりりょうへい) ~ 마음이 따뜻해지는 이야기
一篇被感动了无数遍的好文章。
そば屋(や)にとっていちばんのかき入(い)れどきは大晦日(おおみそか)である。
北海亭(ほっかいてい)もこの日(ひ)ばかりは朝(あさ)からてんてこまいの忙(いそが)しさだった。いつもは夜(よる)の十二時(じゅうにじ)すぎまでにぎやかな表通(おもてどお)りだが、十時(じゅうじ)をまわると北海亭(ほっかいてい)の客足(きゃくあし)もぴたりと止(と)まる。
最後の客が店を出たところで、そろそろ表(おもて)の暖簾(のれん)を下げようかと話をしていたとき、入口(いりぐち)の戸(と)がカラガラガラと力なく開いて、二人の子どもを連れた女性が入ってきた。六歳と十歳くらいの男の子は真新(まあたら)しい揃(そろ)いのトレーニングウェア姿(すがた)で、女性は季節(きせつ)はずれのチェックの半コートを着ていた。
「いらっしゃいませ!」
と迎える女将(おかみ)に、その女性はおずおずと言った。
「あのー、かけそば、一人前なのですが、よろしいでしょうか」 後では、二人の子どもたちが心配(しんぱい)顔で見上げている。
「えっ、えぇどうぞ。どうぞこちらへ」
暖房(だんぼう)に近い二番(にばん)テ(て)ーブルへ案内しながら、カウンターの奥にむかって、「かけ一丁!」と声をかける。それを受けた主人は。チラリと三人連(さんにんつ)れに目(め)をやりながら、「あいよっ! かけ一丁!」 とこたえ、玉(たま)そば一個(いっこ)と、さらに半個(はんこ)を加えてゆでる。
玉そば一個で一人前(いちにんまえ)の量(りょう)である。客と妻に悟られぬサービスで、大盛(おおもり)の分量(ぶんりょう)のそばがゆであがる。
テーブルに出された一杯のかけそばを囲んで、額を寄せあって食べている三
人の話し声が、カウンターの中までかすかに届(とど)く。
「おいしいね」と兄。
「お母さんもお食べよ」 と一本のそばをつまんで母親の口に持っていく弟。
やがて食べ終え、百五十円の代金を支払い、「ごちそうさまでした」と頭を下げて出ていく母子三人に、「ありがとうございました!どうかよいお年を!」 と声を合わせる主人(しゅじん)と女将。
新しい年を迎えた北海亭は、あいかわらずの忙しい毎日の中で一年がすぎ、再(ふたた)び十二月三十一日がやってきた。
前年以上の猫の手も借りたいような一日が終わり、十時をすぎたところで、店を閉めようとしたとき、ガラガラガラと戸(と)が開いて、二人の男の子を連れた女性が入ってきた。
女将は女性の着ているチェクの半コートを見て、一年前の大晦日、最後の客を思い出した。
「あのー、かけそば、一人前なのですが、よろしいでしょうか」
「どうぞどうぞ。こちらへ」
女将は、昨年と同じ二番テーブルへ案内しながら、
「かけ一丁!」 と大きな声をかける。
「あいよっ! かけ一丁」 と主人はこたえながら、消したばかりのコンロに火を入れる。
「ねえお前さん、サービスということで三人前、出してあげようよ」 そっと耳打ちする女将に、「だめだ、そんな事したら、かえって気をつかうべ」と言いながら玉そば一つ半をゆであげる夫。
テーブルの上の、一杯のそばを囲んで母子三人の会話が、カウンターの中と外の二人に聞こえる。
「おいしいね」
「今年も北海亭のおそばが食べれたね」
「来年も食べれるといいね」
食べ終えて、百五十円を支払い、出ていく三人の後ろ姿に、
「ありがとうございました!よいお年を!」
その日、何十回とくり返した言葉で送り出した。
商売繁盛(しょうばいはんじょう)のうちに迎えたその翌年(よくとし)の大晦日の夜、北海亭の主人と女将は、たがいに口にこそ出さないが、九時半をすぎたころより、そわそわと落ち着かない。
十時をまわったところで従業員を帰した主人は、壁に下げてあるメニュー札を次々と裏反(うらかえ)した。今年の夏に値上げして「かけそば二百円」と書かれていたメニュー札が、百五十円に早変わりしていた。
二番テーブルの上には、すでに三十分も前から「予約席」の札が女将の手で置かれていた。
十時半になって、店内の客足がとぎれるのを待っていたかのように、母と子の三人連れが入ってきた。
兄は中学生の制服、弟は去年兄が着ていた大きめのジャンバーを着ていた。二人とも見違えるほどに成長していたが、母親は色あせたあのチュックの半コート姿のままだった。「いらしゃいませ!」 と笑顔で迎える女将に、母親はおずおずと言う。
「あのー、かけそば、二人前なのですが、よろしいでしょうか」
「えっ、どうぞどうぞ。さぁこちらへ」 と二番テーブルへ案内しながら、そこにあった「予約席」の札を何気なく隠し、カウンターに向かって「かけ二丁!」
それを受けて
「あいよっ!かけ二丁!」 とこたえた主人は、玉そば三個を湯の中へほうり込んだ。
二杯のかけそばをたがいに食べあう母子三人の明るい笑い声が聞こえ、話も弾んでいるのがわかる
お兄ちゃん、淳(じゅん)ちゃん、今日は二人に、お母さんからお礼が言いたいの」
「お礼って、どうしたの」
「実はね、死んだお父さんが起こした事故で、八人もの人にけがをさせ迷惑(めいわく)をかけてしまったんだけど保険などでも支払いができなかった分を、毎月(まいつき)五万円ずつ払(はら)い続(つづ)けていたの」
「うん、知っていたよ」
女将と主人は身動(みうご)きをしないで、じっと聞いている。
「支払いは年明けの三月までになっていたけど、実は今日、ぜんぶ支払いを済ますこと
ができたの」
「えっ! ほんとう、お母さん!」
「ええ、ほんとうよ。お兄ちゃんは新聞配達(はいたつ)をしてがんばってくれてるし、淳ちゃんがお買(か)い物(もの)や夕飯(ゆうはん)のしたくを毎日してくれたおかけで、お母さん安心して働くことができたの。よくがんばったからって、会社から特別手当(とくべつてあて)をいただいたの。それで支払いをぜんぶ終わらすことができたの」
「お母さん! お兄ちゃん! よかったね! でも、これからも、夕飯のしたくはボクがするよ」
「ボクも新聞配達、続けるよ。淳!がんばろうな!」
「ありがとう。ほんとうにありがとう」
「いまだから言えるけど、淳とボク、お母さんに内緒(ないしょ)にしていた事があるんだ。それはね、十一月の日曜日、淳の授業参観(じゅぎょうさんかん)の案内(あんない)が、学校からあったでしょう。
あのとき、淳はもう一通、先生からの手紙をあずかってきてたんだ。
淳の書いた作文が北海道の代表に選ばれ、全国コンクールに出品(しゅっぴん)されることになったので、参観日に、その作文を淳に読んでもらうって。
先生からの手紙をお母さんに見せればむりして会社を休むのわかるから、淳
、それを隠したんだ、そのこと淳の友だちから聞いたもんだからボクが参観
日に行ったんだ」
「そう、そうだったの、それで」
「先生が、あなたは将来どんな人になりたいですか、という題で、全員に作文を書いてもらいましたところ、淳くんは一杯のかけそばという題で書いてくれました。これからその作文を読んでもらいますって。一杯(いっぱい)のかけそばって聞いただけで、北海亭でのことだとわかたっから淳のヤツなんでそんな恥(は)ずかしいことを書くんだ!と心の中で思ったんだ
作文はね、お父さんが、交通事故で死んでしまい、たくさんの借金(しゃっきん)が残ったこと、お母さんが、朝早くから夜遅くまで働いていること、ボクが朝刊夕刊(ちょうかんゆうかん)の配達に行っていることなどぜんぶ読みあげたんだ。
そして十二月三十一日の夜、三人で食べた一杯のかけそばが、とてもおいしかったこと。三人でたった一杯しか頼(たの)まないのに、おそば屋のおじさんとおばさんは、ありがとうございました!どうかよいお年を! って大きな声をかけてくれたこと。その声(こえ)は敗(ま)けるなよ! がんばれよ! 生きるんだよ! って言っているような気がしたって。
それで淳は、大人になったら、お客さんに、がんばってね! 幸せにね! って思いをこめて、ありがとうございました! と言える日本一の、おそばやさんになりますって、大きな声で読みあげたんだよ」
カウンターの中で、聞き耳を立てていたはずの主人と女将の姿が見えない。
カウンターの奥にしゃがみこんだ二人は、一本のタオルの端をたがいに引っぱりあうようにつかんで、こらえきれずあふれでる涙を拭っていた。
「作文を読み終わったとき、先生が、淳くんのお兄さんが、お母さんにかわって来てくださっていますので、ここであいさつをしていただきましょうって」
「まぁ、それで、お兄ちゃんどうしたの」
「突然、言われたので、初めは言葉が出なかったけどみなさん、いつも淳と仲よくしてくれてありがとう。弟は毎日、夕食のしたくをしています。それでクラブ活動の途中で帰るので、迷惑をかけていると思います。今、弟が一杯のかけそばとよみはじめたときぼくは恥ずかしいと思いました。
でも、胸(むね)を張(は)って大(おお)きな声で読みあげている弟を見ているうちに、一杯のかけそばを恥ずかしいと思う、その心のほうが、恥ずかしいことだと思いました。
あのとき一杯のかけそばを頼んでくれた母の勇気を忘れてはいけないと思
います。兄弟、力を合わせ、母を守って行きます。これからも淳と仲よくしてくださいって言ったんだ」
しんみりと、たがいに手を握ったり、笑い転げるようにして肩を叩きあったり、昨年までとは、打って変わった楽しげな年越しそばを食べ終え、三百円を支払い「ごちそうさまでした」と、深々と頭を下げて出て行く三人を、主人と女将は、一年(いちねん)を締(し)めくくる大きな声で、
「ありがとうございました! どうかよいお年を! 」 と 送り出した。
また一年がすぎて。
北海亭では、夜の九時すぎから「予約席(よやくせき)」の札(さつ)を二番テーブルの上に置いて待ちに待ったが、あの母子三人は現れなかった。
次の年も、さらに次の年も、二番テーブルを空けて待ったが、三人は現れなかった。
北海亭は商売繁盛(しょうばいはんじょう)のなかで、店内改装(てんないかいそう)をすることになり、テーブルや椅子も新しくしたが、あの二番テーブルだけはそのまま残した。
真新(まあたら)しいテーブルが並(なら)ぶ仲(なか)で、一脚(いちあし)だけ古(ふる)いテーブルが中央に置かれている。
「どうして、これがここに」と不思議がる客に、主人と女将は「一杯のかけそば」のことを話し、このテーブルを見ては、自分たちの励(はげ)みにしている、いつの日にか、あの三人のお客さんが来てくださるかも知れない、そのとき、このテーブルで迎えたい、と説明していた。
その話が「幸せのテーブル」として、客から客へ伝わった。わざわざ遠くから訪(たず)ねてきて、そばを食べていく女学生がいたり、そのテーブルが空くのを待って注文をする若いカップルがいたりで、なかなかの人気を呼んでいた。
それからさらに、数年(すうねん)の歳月(さいげつ)が流(なが)れた十二月三十一日(じゅうにがつさんじゅういちにち)の夜(よる)のことである。
北海亭には同じ町内(ちょうない)の商店会(しょうてんかい)のメンバーで、家族同然のつきあいをしている仲間たちが、それぞれの店じまいを終え、集まってきた。
北海亭で年越しそばを食べた後、除夜(じょや)の鐘(かね)の音(おと)を聞(き)きながら、仲間とその家族がそろって近くの神社(じんじゃ)へ初もうでに行くのが、五、六年前からの恒例(こうれい)になっていた。
この夜も、九時半すぎに魚屋(さかなや)の夫婦が、刺身(さしみ)を盛(も)り合(あ)わせた大皿(おおざら)のを両手に持って入ってきたのが合図(あいず)だったかのように、いつもの仲間三十人あまりが、酒や肴(さかな)を手に次々と集まり、店内の雰囲気は盛りあがっていた。
二番テーブールの由来を知っている仲間のことである。口にはしないが、おそらく、今年も空いたまま新年を迎えるであろう「大晦日十時すぎの予約席」をそっとしたまま、窮屈(きゅうくつ)な小上(おがみ)あがりの席に、さらに全員が少しずつ体をずらして、遅れてきた仲間を招き入れた。
そばを食べる者、酒を飲む者、たがいに持ち込んだ料理に手を伸ばす者、カウンターの中に入り手伝っている者、勝手(かって)に冷蔵庫(れいぞうこ)を開(あ)け、何やら取り出している者もいる。
大売出(おおうり)しの話(はなし)、海水浴(かいすいよく)でのエ(え)ピソード、孫が生まれた話など、にぎやかさが頂点に達した十時半すぎ、入口の戸がガラガラガラと開いた。
幾人(いくにん)かの視線(しせん)が入口(いりぐち)に向(む)けられたのを知り、全員が押し黙る。
オーバーを手に、スーツを着た二人の青年が入ってきた。ほっとした、ため息と共ににぎやかさがもどる。女将は申しわけなさそうな顔で「あいにく満席なものですから」と断ろうとしたとき、和服姿(わふくすがた)の婦人(ふじん)が深々と頭を下げて入ってきて、二人の青年の間に立った。 店内にいるすべての者が息をのんで聞き耳を立てる。
和服姿の婦人が静かに言った。
「あのーかけそば、三人前なのですがよろしいでしょうか」
それを聞いた女将の顔色(かおいろ)が変(か)わる。十数年の歳月を瞬時(しゅんじ)に押(お)しのけ、あの日の若い母親と幼(おさな)い二人の姿が、目の前の三人と重(かさ)なった。
カウンターの中から目を見開いて、にらみつけている主人と、今、入ってきた三人の客を交互に指さしながら、
「あの、あの、おっ、お前さん!」
とオロオロしている女将に、青年の一人が言った。
「私たちは、十四年前の大晦日の夜、母子三人で一人前のかけそばを注文した者です。
あのときの、一杯のかけそばに励まされ、三人手を取り合って生き抜くことができました。その後、母の実家(じっか)があります滋賀県(しがけん)へ越(こ)しました。私は今年、医師の国家試験に合格しまして、京都の大学病院に小児科医(しょうにかい)の卵(たまご)として勤めておりますが、年明け四月より、札幌(さっぽろ)の総合病院(そうごうびょういん)で勤務(きんむ)することになりました。
その病院へのあいさつと、父のお墓(はか)への報告(ほうこく)を兼(か)ね、おそば屋さんにはなりませんでしたが、京都の銀行に勤める弟と相談しまして、今までの人生の中で、最高のぜいたくを計画しました。それは、大晦日に母と三人で、札幌の北海亭さんを訪ね、三人前のかけそばを頼むことでした」
うなずきながら聞いていた女将と主人の目からドッと涙があふれでた。
入口に近いテーブルに陣取(じんど)っていた八百屋(やおや)の大将(たいしょう)が、そばを口に含んだまま聞いていたが、そのままゴクッと飲み込んで立ち上がった。
「おいおい女将さん! 何してんだよ! 十年間この日のために用意して待ちに待った、大晦日十時すぎの予約席じゃないか、ご案内だよ! ご案内!」
八百屋に肩をポンと叩かれ、気をとり直した女将は、
「ようこそ、さぁどうぞ、お前さん! 二番テーブルかけ三丁! 」
仏頂面(ぶっちょうづら)を涙でぬらした主人、
「あいよっ! かけ三丁!」
期せずしてあがる歓声(かんせい)と拍手(はくしゅ)、店の外では、先ほどまでちらついていた雪を止み、新雪(しんせつ)に跳(は)ね返(かえ)った窓明(まどあ)かりが照(て)らしだす「北海亭」と書かれた暖簾を、ほんの一足早く吹くーーー睦月(むつき)の風(かぜ)が揺らしていた。
童話『一杯のかけそば』
ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E6%9D%AF%E3%81%AE%E3%81%8B%E3%81%91%E3%81%9D%E3%81%B0
いっぱい [一杯]
어휘등급
명사
- 1.
일배, 한 잔, 한 그릇.
- 2.
한 그릇에 한 번만 담고 더 주지 않음. (=もりきり)
- 3.
배나, 게·오징어 따위를 세는 단위.
いっぱい [一杯] 듣기
어휘등급
부사
- 1.
그릇·장소 따위에 가득 차 있는 모양: 가득.
- 2.
있는 한도를 다하는 모양.
- 3.
…껏.
かけそば
(掛け蕎麦)
부수艹 (초두머리, 4획) 획수16획
- 1
메밀(여뀟과의 한해살이풀)
- 2
대극(大戟: 대극과의 여러해살이풀)
부수麦 (보리맥 2, 7획) 획수7획
- 1
보리(볏과의 두해살이풀)
- 2
귀리(볏과의 한해 또는 두해살이풀)
- 3
메밀(여뀟과의 한해살이풀)
おおみそか [大みそか·大晦日] 듣기 어휘등급
명사
-
섣달 그믐날. (=おおつごもり) (→みそか)
おおつごもり [大つごもり·大晦·大晦日] 듣기
명사
-
아어(雅語) 섣달 그믐날. (=おおみそか) (→つごもり)
[動ラ五(四)]
-
湯で十分熱せられる。ゆであがる。うだる。「ジャガイモが―・る」
茹먹을 여
- 1. 먹다
- 2. 썩다
- 3. 받다
- 4. 데치다
- 5. 말라 죽다(말라서 죽다)
- 6. 부드럽다
- 7. 연하다(軟--: 재질이 무르고 부드럽다)
- 8. 헤아리다
- 9. 채소(菜蔬)
- 10. 꼭두서니(꼭두서니과의 여러해살이풀)
부수扌 (재방변, 3획) 획수9획
- 1
의거하다(依據--)
- 2
꽂다
(拵える)
발음듣기 JLPT 2하1단 타동사
- 1
만들다.
- 2
제조하다.
自分じぶんで洋服ようふくを拵こしらえる발음듣기
몸소 양복을 만들다
- 3
마련·장만하다.
金かねを拵こしらえる발음듣기
돈을 마련하다
메이와쿠
일본어로 '민폐'라는 뜻으로, 일본인들이 어려서부터 교육을 통해 학습하는 '남에게 민폐를 끼치면 안 된다'라는 의식을 뜻하는 말이다. | 외국어 표기 | 迷惑(한자) |
(気配り)
발음듣기명사, ス자동사
-
배려(配慮), 여러모로 마음을 두루 씀. (=心(こころ)づかい)
(お持て成し)
-
대접; 환대(2013년 9월 아르헨티나 부에노스아이레스에서 개최된 IOC 총회에서, 손님에 대한 일본인의 환대를 표현하는 단어로 소개됨).
あらすじ
(粗筋·荒筋)
발음듣기 JLPT 2명사
-
대충의 줄거리, 개략, 개요.
大晦日の晩、おそば屋さんに二人の子供連れの貧しそうな母親が現れます。
「かけそば…一人前なのですが…よろしいでしょうか?」
それを見た主人は、こっそり1.5人前のそばを茹でます。
そして、親子3人で出された一杯のかけそばを分け合って食べたのでした。
この親子は交通事故で父親を亡くし、年に一回大晦日だけ父親の好きだったかけそばを食べに来ることだけが贅沢だったのです。
次の年の大晦日も…その次の年も。かけそば一人前を注文しにくる親子。
いつしか主人は、親子の来店を楽しみにするようになり、毎年大晦日だけは親子の座るテーブルを予約席にするようになったのでした。
しかし、突然めっきり見かけなくなったかけそばの親子。
予約席をとって待ち続けたそば屋の主人。
そして十数年後のある日、すっかり大きくなった子供を連れた親子三人が再び来店するようになります、子供達は就職して立派な大人となり親子三人で「かけそば」を三丁頼むのでした。
主人は涙で頬を濡らしながら、かけ三丁を拵えるのでした。
一杯のかけそば(栗良平、1988年、栗っ子の会) この物語は、今から15年ほど前の12月31日、札幌の街にあるそば屋 「北海亭」での出来事から始まる。 そば屋にとって一番のかき入れ時は大晦日である。 北海亭もこの日ばかりは朝からてんてこ舞の忙しさだった。いつもは夜の 12時過ぎまで賑やかな表通りだが、夕方になるにつれ家路につく人々の足 も速くなる。10時を回ると北海亭の客足もぱったりと止まる。 頃合いを見計らって、人はいいのだが無愛想な主人に代わって、常連客か ら女将さんと呼ばれているその妻は、忙しかった1日をねぎらう、大入り袋 と土産のそばを持たせて、パートタイムの従業員を帰した。 最後の客が店を出たところで、そろそろ表の暖簾を下げようかと話をして いた時、入口の戸がガラガラガラと力無く開いて、2人の子どもを連れた女 性が入ってきた。6歳と10歳くらいの男の子は真新しい揃いのトレーニン グウェア姿で、女性は季節はずれのチェックの半コートを着ていた。 「いらっしゃいませ!」 と迎える女将に、その女性はおずおずと言った。 「あのー……かけそば……1人前なのですが……よろしいでしょうか」 後ろでは、2人の子ども達が心配顔で見上げている。 「えっ……えぇどうぞ。どうぞこちらへ」 暖房に近い2番テーブルへ案内しながら、カウンターの奥に向かって、 「かけ1丁!」 と声をかける。それを受けた主人は、チラリと3人連れに目をやりながら、 「あいよっ! かけ1丁!」 とこたえ、玉そば1個と、さらに半個を加えてゆでる。 玉そば1個で1人前の量である。客と妻に悟られぬサービスで、大盛りの 分量のそばがゆであがる。 テーブルに出された1杯のかけそばを囲んで、額を寄せあって食べている 3人の話し声がカウンターの中までかすかに届く。 「おいしいね」 と兄。 「お母さんもお食べよ」 と1本のそばをつまんで母親の口に持っていく弟。 やがて食べ終え、150円の代金を支払い、「ごちそうさまでした」と頭を 下げて出ていく母子3人に、 「ありがとうございました! どうかよいお年を!」 と声を合わせる主人と女将。 新しい年を迎えた北海亭は、相変わらずの忙しい毎日の中で1年が過ぎ、 再び12月31日がやってきた。 前年以上の猫の手も借りたいような1日が終わり、10時を過ぎたところ で、店を閉めようとしたとき、ガラガラガラと戸が開いて、2人の男の子を 連れた女性が入ってきた。 女将は女性の着ているチェックの半コートを見て、1年前の大晦日、最後 の客を思いだした。 「あのー……かけそば……1人前なのですが……よろしいでしょうか」 「どうぞどうぞ。こちらへ」 女将は、昨年と同じ2番テーブルへ案内しながら、 「かけ1丁!」 と大きな声をかける。 「あいよっ! かけ1丁」 と主人はこたえながら、消したばかりのコンロに火を入れる。 「ねえお前さん、サービスということで3人前、出して上げようよ」 そっと耳打ちする女将に、 「だめだだめだ、そんな事したら、かえって気をつかうべ」 と言いながら玉そば1つ半をゆで上げる夫を見て、 「お前さん、仏頂面してるけどいいとこあるねえ」 とほほ笑む妻に対し、相変わらずだまって盛りつけをする主人である。 テーブルの上の、1杯のそばを囲んだ母子3人の会話が、カウンターの中 と外の2人に聞こえる。 「……おいしいね……」 「今年も北海亭のおそば食べれたね」 「来年も食べれるといいね……」 食べ終えて、150円を支払い、出ていく3人の後ろ姿に 「ありがとうございました! どうかよいお年を!」 その日、何十回とくり返した言葉で送り出した。 商売繁盛のうちに迎えたその翌年の大晦日の夜、北海亭の主人と女将は、 たがいに口にこそ出さないが、九時半を過ぎた頃より、そわそわと落ち着か ない。 10時を回ったところで従業員を帰した主人は、壁に下げてあるメニュー 札を次々と裏返した。今年の夏に値上げして「かけそば200円」と書かれ ていたメニュー札が、150円に早変わりしていた。 2番テーブルの上には、すでに30分も前から「予約席」の札が女将の手 で置かれていた。 10時半になって、店内の客足がとぎれるのを待っていたかのように、母 と子の3人連れが入ってきた。 兄は中学生の制服、弟は去年兄が着ていた大きめのジャンパーを着ていた。 2人とも見違えるほどに成長していたが、母親は色あせたあのチェックの半 コート姿のままだった。 「いらっしゃいませ!」 と笑顔で迎える女将に、母親はおずおずと言う。 「あのー……かけそば……2人前なのですが……よろしいでしょうか」 「えっ……どうぞどうぞ。さぁこちらへ」 と2番テーブルへ案内しながら、そこにあった「予約席」の札を何気なく 隠し、カウンターに向かって 「かけ2丁!」 それを受けて 「あいよっ! かけ2丁!」 とこたえた主人は、玉そば3個を湯の中にほうり込んだ。 2杯のかけそばを互いに食べあう母子3人の明るい笑い声が聞こえ、話も 弾んでいるのがわかる。カウンターの中で思わず目と目を見交わしてほほ笑 む女将と、例の仏頂面のまま「うん、うん」とうなずく主人である。 「お兄ちゃん、淳ちゃん……今日は2人に、お母さんからお礼が言いたいの」 「……お礼って……どうしたの」 「実はね、死んだお父さんが起こした事故で、8人もの人にけがをさせ迷惑 をかけてしまったんだけど……保険などでも支払いできなかった分を、毎月 5万円ずつ払い続けていたの」 「うん、知っていたよ」 女将と主人は身動きしないで、じっと聞いている。 「支払いは年明けの3月までになっていたけど、実は今日、ぜんぶ支払いを 済ますことができたの」 「えっ! ほんとう、お母さん!」 「ええ、ほんとうよ。お兄ちゃんは新聞配達をしてがんばってくれてるし、 淳ちゃんがお買い物や夕飯のしたくを毎日してくれたおかげで、お母さん安 心して働くことができたの。よくがんばったからって、会社から特別手当を いただいたの。それで支払いをぜんぶ終わらすことができたの」 「お母さん! お兄ちゃん! よかったね! でも、これからも、夕飯のし たくはボクがするよ」 「ボクも新聞配達、続けるよ。淳! がんばろうな!」 「ありがとう。ほんとうにありがとう」 「今だから言えるけど、淳とボク、お母さんに内緒にしていた事があるんだ。 それはね……11月の日曜日、淳の授業参観の案内が、学校からあったでし ょう。……あのとき、淳はもう1通、先生からの手紙をあずかってきてたん だ。淳の書いた作文が北海道の代表に選ばれて、全国コンクールに出品され ることになったので、参観日に、その作文を淳に読んでもらうって。先生か らの手紙をお母さんに見せれば……むりして会社を休むのわかるから、淳、 それを隠したんだ。そのこと淳の友だちから聞いたものだから……ボクが参 観日に行ったんだ」 「そう……そうだったの……それで」 「先生が、あなたは将来どんな人になりたいですか、という題で、全員に作 文を書いてもらいましたところ、淳くんは、『一杯のかけそば』という題で書 いてくれました。これからその作文を読んでもらいますって。『一杯のかけそ ば』って聞いただけで北海亭でのことだとわかったから……淳のヤツなんで そんな恥ずかしいことを書くんだ! と心の中で思ったんだ。 作文はね……お父さんが、交通事故で死んでしまい、たくさんの借金が残 ったこと、お母さんが、朝早くから夜遅くまで働いていること、ボクが朝刊 夕刊の配達に行っていることなど……ぜんぶ読みあげたんだ。 そして12月31日の夜、3人で食べた1杯のかけそばが、とてもおいし かったこと。……3人でたった1杯しか頼まないのに、おそば屋のおじさん とおばさんは、ありがとうございました! どうかよいお年を!って大きな 声をかけてくれたこと。その声は……負けるなよ! 頑張れよ! 生きるんだ よ!って言ってるような気がしたって。それで淳は、大人になったら、お客 さんに、頑張ってね! 幸せにね!って思いを込めて、ありがとうございま した! と言える日本一の、おそば屋さんになります。って大きな声で読み あげたんだよ」 カウンターの中で、聞き耳を立てていたはずの主人と女将の姿が見えない。 カウンターの奥にしゃがみ込んだ2人は、1本のタオルの端を互いに引っ 張り合うようにつかんで、こらえきれず溢れ出る涙を拭っていた。 「作文を読み終わったとき、先生が、淳くんのお兄さんがお母さんにかわっ て来てくださってますので、ここで挨拶をしていただきましょうって……」 「まぁ、それで、お兄ちゃんどうしたの」 「突然言われたので、初めは言葉が出なかったけど……皆さん、いつも淳と 仲よくしてくれてありがとう。……弟は、毎日夕飯のしたくをしています。 それでクラブ活動の途中で帰るので、迷惑をかけていると思います。今、弟 が『一杯のかけそば』と読み始めたとき……ぼくは恥ずかしいと思いました。 ……でも、胸を張って大きな声で読みあげている弟を見ているうちに、1杯 のかけそばを恥ずかしいと思う、その心のほうが恥ずかしいことだと思いま した。 あの時……1杯のかけそばを頼んでくれた母の勇気を、忘れてはいけない と思います。……兄弟、力を合わせ、母を守っていきます。……これからも 淳と仲よくして下さい、って言ったんだ」 しんみりと、互いに手を握ったり、笑い転げるようにして肩を叩きあった り、昨年までとは、打って変わった楽しげな年越しそばを食べ終え、300 円を支払い「ごちそうさまでした」と、深々と頭を下げて出て行く3人を、 主人と女将は1年を締めくくる大きな声で、 「ありがとうございました! どうかよいお年を!」 と送り出した。 また1年が過ぎて――。 北海亭では、夜の9時過ぎから「予約席」の札を2番テーブルの上に置い て待ちに待ったが、あの母子3人は現れなかった。 次の年も、さらに次の年も、2番テーブルを空けて待ったが、3人は現れ なかった。 北海亭は商売繁盛のなかで、店内改装をすることになり、テーブルや椅子 も新しくしたが、あの2番テーブルだけはそのまま残した。 真新しいテーブルが並ぶなかで、1脚だけ古いテーブルが中央に置かれて いる。 「どうしてこれがここに」 と不思議がる客に、主人と女将は『一杯のかけそば』のことを話し、この テーブルを見ては自分たちの励みにしている、いつの日か、あの3人のお客 さんが、来てくださるかも知れない、その時、このテーブルで迎えたい、と 説明していた。 その話が「幸せのテーブル」として、客から客へと伝わった。わざわざ遠 くから訪ねてきて、そばを食べていく女学生がいたり、そのテーブルが、空 くのを待って注文をする若いカップルがいたりで、なかなかの人気を呼んで いた。 それから更に、数年の歳月が流れた12月31日の夜のことである。北海 亭には同じ町内の商店会のメンバーで家族同然のつきあいをしている仲間達 がそれぞれの店じまいを終え集まってきていた。北海亭で年越しそばを食べ た後、除夜の鐘の音を聞きながら仲間とその家族がそろって近くの神社へ初 詣に行くのが5~6年前からの恒例となっていた。 この夜も9時半過ぎに、魚屋の夫婦が刺身を盛り合わせた大皿を両手に持 って入って来たのが合図だったかのように、いつもの仲間30人余りが酒や 肴を手に次々と北海亭に集まってきた。「幸せの2番テーブル」の物語の由来 を知っている仲間達のこと、互いに口にこそ出さないが、おそらく今年も空 いたまま新年を迎えるであろう「大晦日10時過ぎの予約席」をそっとした まま、窮屈な小上がりの席を全員が少しずつ身体をずらせて遅れてきた仲間 を招き入れていた。 海水浴のエピソード、孫が生まれた話、大売り出しの話。賑やかさが頂点 に達した10時過ぎ、入口の戸がガラガラガラと開いた。幾人かの視線が入 口に向けられ、全員が押し黙る。北海亭の主人と女将以外は誰も会ったこと のない、あの「幸せの2番テーブル」の物語に出てくる薄手のチェックの半 コートを着た若い母親と幼い二人の男の子を誰しもが想像するが、入ってき たのはスーツを着てオーバーを手にした二人の青年だった。ホッとした溜め 息が漏れ、賑やかさが戻る。女将が申し訳なさそうな顔で 「あいにく、満席なものですから」 断ろうとしたその時、和服姿の婦人が深々と頭を下げ入ってきて二人の青 年の間に立った。店内にいる全ての者が息を呑んで聞き耳を立てる。 「あのー……かけそば……3人前なのですが……よろしいでしょうか」 その声を聞いて女将の顔色が変わる。十数年の歳月を瞬時に押しのけ、あ の日の若い母親と幼い二人の姿が目の前の3人と重なる。カウンターの中か ら目を見開いてにらみ付けている主人と今入ってきた3人の客とを交互に指 さしながら 「あの……あの……、おまえさん」 と、おろおろしている女将に青年の一人が言った。 「私達は14年前の大晦日の夜、親子3人で1人前のかけそばを注文した者 です。あの時、一杯のかけそばに励まされ、3人手を取り合って生き抜くこ とが出来ました。その後、母の実家があります滋賀県へ越しました。私は今 年、医師の国家試験に合格しまして京都の大学病院に小児科医の卵として勤 めておりますが、年明け4月より札幌の総合病院で勤務することになりまし た。その病院への挨拶と父のお墓への報告を兼ね、おそば屋さんにはなりま せんでしたが、京都の銀行に勤める弟と相談をしまして、今までの人生の中 で最高の贅沢を計画しました。それは大晦日に母と3人で札幌の北海亭さん を訪ね、3人前のかけそばを頼むことでした」 うなずきながら聞いていた女将と主人の目からどっと涙があふれ出る。入 口に近いテーブルに陣取っていた八百屋の大将がそばを口に含んだまま聞い ていたが、そのままゴクッと飲み込んで立ち上がり 「おいおい、女将さん。何してんだよお。10年間この日のために用意して 待ちに待った『大晦日10時過ぎの予約席』じゃないか。ご案内だよ。ご案 内」 八百屋に肩をぽんと叩かれ、気を取り直した女将は 「ようこそ、さあどうぞ。 おまえさん、2番テーブルかけ3丁!」 仏頂面を涙でぬらした主人、 「あいよっ! かけ3丁!」 期せずして上がる歓声と拍手の店の外では、先程までちらついていた雪も やみ、新雪にはね返った窓明かりが照らしだす『北海亭』と書かれた暖簾を、 ほんの一足早く吹く睦月の風が揺らしていた。
www.midorii-clinic.jp/kyuukei/img/ipainokakesoba.pdf
구리 료헤이くりりょうへい 栗 良平 , 1954년 ~
평소홋카이도대학의학부 출신이라고 자칭하고 다녔다가학력위조가 드러나면서 인생줄이 꼬이기 시작한데다가 이후에도 정신을 못 차리고간통과사기를 골고루 벌이면서 완전히 묻혀졌다.시가현의 한소바집에 세들어 살면서 소아과 의사를 자칭하며 주민들로부터 약값 등의 명목으로 돈을 받아내는가 하면, 자신이 세 들어 살던 소바집 주인에게렌터카비용 명목으로 10만 엔을 빌려가 그대로 자취를 감추는 등의 소액 사기행각을 저질렀다.[2]뿐만 아니라 텐트에서 먹고 자는노숙자생활을 하면서도 다른 사람의 아내와 간통하다가 물의를 빚기도 했고, 자기 작품을영화화한다며 여러가지 사기를 저질렀다. 또한종교문제에도 개입하여 쇼호지(正法寺)라는 절 주지의 차녀와 사귀며 이 절의 소속 종단을 바꾸어 자신이 가로채려고 시도했으나 쇼호지의 소속 종단인 진언종 다이고파에서 이를 인정하지 않아 소송전으로 비화했고, 최고재판소(한국의대법원에 해당)까지 가서 패소했다.
이렇다보니 '옛 애인이 밝히는 우동 한 그릇 구리 료헤이의 거짓 인생'이라는 고발 르포까지 나왔을 지경. 다만 한국에서는 이런 뒷사정이 알려지지 않았기 때문에, 시사만화가 주완수가 그리고 쓴 '내 일본인 마누라 켄짱'을 보면 아내인 켄짱(별명)의 말을 듣고 나서야[3]자신도 이 작가가 사기죄로 재판을 받고 구속된 것을 알게 되었다고 한다. 다만 이 책자에선 책이 발행된 2003년 당시에는 복역중으로 2014년에나 석방된다고 언급되었다.
지구빵집2014. 2. 11. 22:53
<우동 한그릇>
해마다 섣달 그믐날이 되면 우동집으로서는 일년중 가장 바쁠때이다.
북해정(北海亭 北海亭/ほっかいてい)도 이날만은 아침부터 눈코뜰새 없이 바빴다.
보통때는 밤 12시쯤이 되어도 거리가 번잡한데 이날만큼은 밤이 깊어질수록
집으로 돌아가는 사람들의 발걸음도 빨라지고 10시가 넘자 북해정의 손님도
뜸해졌다.
사람은 좋지만 무뚝뚝한 주인보다 오히려 단골 손님으로부터 주인 아줌마라고
불리우고 있는 그의 아내는 분주했던 하루의 답례로 임시 종업원에게 특별 상여금
주머니와 선물로 국수를 들려서 막 돌려보낸 참이었다.
마지막 손님이 가게를 막 나갔을 때, 슬슬 문앞의 옥호(屋號)막을 거둘까
하고 있던 참에, 출입문이 드르륵, 하고 힘없이 열리더니 두 명의 아이를
데리고 한 여자가 들어왔다. 6 세와 10 세 정도의 사내에들은 새로 준비한 듯한
트레이닝 차림이고, 여자는 계절이 지난 체크무늬 반코트를 입고 있었다.
"어서오세요!"
라고 맞이하는 여주인에게, 그 여자는 머뭇머뭇 말했다.
"저....... 우동....... 일인분만 주문해도 괜찮을까요?"
뒤에서는 두 아이들이 걱정스러운 얼굴로 쳐다보고 있었다.
"네?........ 네. 자, 이쪽으로."
난로 곁의 2번 테이블로 안내하면서 여주인은 주방안을 향해,
"우동. 1인분!"
하고 소리친다.
주문을 받은 주인은 잠깐 일행 세 사람에게 눈길을 보내면서,
"예!"
하고 삶지않은 1인분의 우동 한 덩어리와 거기에 반 덩어리를 더 넣어 삶는다.
둥근 우동 한 덩어리가 일인분의 양이다. 손님과 아내에게 눈치 채이지 않는
주인의 서비스로 수북한 분량의 우동이 삶아진다.
이윽고 김이 모락모락 나는 먹음직스러운 우동 그릇이 테이블에 나왔다.
우동 그릇을 가운데 두고, 이마를 맞대고 먹고 있는 세 사람의 이야기 소리가
카운터 있는 곳까지 희미하게 들린다.
"맛있네요."
라는 형의 목소리.
"엄마도 잡수세요."
하며 한가닥의 국수를 집어 어머니의 입으로 가져가는 동생.
이윽고 다 먹자 150엔의 값을 지불하며, "맛있게 먹었습니다."라고 머리를 숙이고
나가는 세모자에게,
"고맙습니다. 새해엔 복많이 받으세요!"
라고 주인 내외는 목청을 돋워 인사했다.
신년을 맞이했던 북해정은 변함없이 바쁜 나날 속에서 한해를 보내고,
다시 12월 31일을 맞이했다.
지난 해 이상으로 몹시 바쁜 하루를 끝내고, 10시를 막 넘긴 참이어서 가게를
닫으려고 할 때 드르륵, 하고 문이 열리더니 두 사람의 남자아이를 데리고
한 여자가 들어왔다.
여주인은 그 여자가 입고 있는 체크무늬의 반코트를 보고, 일년 전 섣달 그믐날의
마지막 그 손님들임을 알아보았다.
"저....... 우동....... 일인분입니다만....... 괜찮을까요?"
"물론입니다. 어서 이쪽으로 오세요."
여주인은 작년과 같은 2번 테이블로 안내하면서,
"우동 일인분!"
하고 커다랗게 소리친다.
"네엣! 우동일인분."
라고 주인은 대답하면서 막 꺼버린 화덕에 불을 붙인다.
"저 여보, 서비스로 3인분 내줍시다."
조용히 귀엣말을 하는 여주인에게,
"안돼요. 그런 일을 하면 도리어 거북하게 여길 거요."
라고 말하면서 남편은 둥근 우동 하나 반을 삶는다.
"여보, 무뚝뚝한 얼굴을 하고 있어도 좋은 구석이 있구료."
미소를 머금는 아내에 대해, 변함없이 입을 다물고 삶아진 우동을 그릇에
담는 주인이다.
테이블 위의 한 그릇의 우동을 둘러싼 세 모자의 얘기 소리가 카운터 안과
바깥의 두 사람에게 들려온다.
"으......... 맛있어요......."
"올해도 북해정의 우동을 먹게 되네요?"
"내년에도 먹을 수 있으면 좋으련만......"
다 먹고 나서, 150엔을 지불하고 나가는 세 사람의 뒷모습에 주인 내외는,
"고맙습니다! 새해 복많이 받으세요!"
그날 수십번 되풀이했던 인삿말로 전송한다.
그 다음해의 섣달 그믐날 밤은 여느해보다 더욱 장사가 번성하는 중에
맞게 되었다.
북해정의 주인과 여주인은 누가 먼저 입을 열지는 않았지만 9시 반이
지날무렵부터 안절부절 어쩔 줄을 모른다.
10시를 넘긴 참이어서 종업원을 귀가시킨 주인은, 벽에 붙어있는 메뉴표를
차례차례 뒤집었다.
금년 여름에 값을 올려 '우동 200엔' 이라고 씌어져 있던 메뉴표가 150엔으로
둔갑하고 있었다.
2번 테이블 위에는 이미 30분 전부터 <예약석>이란 팻말이 놓여져 있었다.
10시반이 되어, 가게 안 손님이 발길이 끊어지는 것을 기다리고 있었기나
한 것처럼, 모자 세 사람이 들어왔다.
형은 중학생 교복, 동생은 작년에 형이 입고 있던 점퍼를 헐렁하게 입고 있었다.
두사람 다 몰라볼 정도로 성장해 있었는데, 그 아이들의 엄마는 여전히
색이 바랜 체크 무늬 반코트 차림 그대로였다.
"어서 오세요!"
라고 웃는 얼굴로 맞이하는 여주인에게, 엄마는 조심조심 말한다.
"저..... 우동...... 이인분인데도...... 괜찮겠죠?"
"넷....... 어서 어서. 자 이쪽으로."
라며 2번 테이블로 안내하면서, 여주인은 거기있던<예약석>이란 팻말을 슬그머니
감추고 카운터를 향해서 소리친다.
"우동 이인분!"
그걸 받아,
"우동 이인분!"
이라고 답한 주인은 둥근 우동 세 덩어리를 뜨거운 국물 속에 집어 넣었다.
두 그릇의 우동을 함께 먹는 세 모자의 밝은 목소리가 들리고, 이야기도 활기가
있음이 느껴졌다.
카운터 안에서, 무심코 눈과 눈을 마주치며 미소짓는 여주인과, 예의 무뚝뚝한
채로 응응, 하며 고개를 끄떡이는 주인이다.
"형아야, 그리고 쥰아.......... 오늘은 너희 둘에게 엄마가 고맙다고 인사하고
싶구나."
".......고맙다니요....... 무슨 말씀이세요?"
"실은, 돌아가신 아빠가 일으켰던 사고로, 여덟명이나 되는 사람이 부상을
입었잖니. 보험으로도 지불할 수 없었던 만큼을, 매달 5만엔씩 계속 지급하고
있었단다."
"음......... 알고 있어요."
라고 형이 대답한다.
여주인과 주인은 몸도 꼼짝 않고 가만히 듣고 있다.
"지불 약속은 내년 3월까지로 되어 있었지만, 실은 오늘 전부 지불을 끝낼 수
있었단다."
"넷! 정말이에요? 엄마!"
"그래, 정말이지. 형아는 신문배달을 열심히 해주었고, 쥰이 장보기와 저녁준비를
매일 해준 덕분에, 엄마는 안심하고 일할 수 있었던 거란다. 그래서 정말 열심히
일을 한 덕택에 회사로부터 특별 수당을 받았단다. 그것으로 지불을 모두
끝마칠 수 있었던 거야."
"엄마! 형! 잘됐어요! 하지만, 앞으로도 저녁식사 준비는 내가 할 거예요."
"나도 신문배달 , 계속 할래요. 쥰이하고 나, 엄마한테 숨기고 있는 것이 있어요.
그것은요....... 11월 첫째 일요일, 학교로부터 쥰이의 수업참관을 하라는 편지가
왔었어요, 그때 쥰은 이미 선생님으로부터 편지를 받아놓고 있었거든요.
쥰이 쓴 작문이 북해도의 대표로 봅혀, 전국 콩쿨에 출품하게 되어서
수업 참관일에 이 작문을 쥰이 낭독하게 되었데요.
선생님이 주신 편지를 엄마에게 보여 드리면........... 무리를 해서라도 회사를
쉬실 걸 알기 때문에 쥰이 그걸 감췄어요. 그걸 쥰의 친구들에게 듣고.....
내가 참관일에 갔었어요."
"그래.......... 그랬었구나....... 그래서?"
"선생님께서, 너는 장래 어떤사람이 되고 싶은가, 라는 제목으로, 전원에게
작문을 쓰게 하셨는데, 쥰은 <우동 한그릇>이라는 제목으로 써서 냈대요.
지금부터 그 작문을 읽어 드릴께요.
<우동 한그릇>이라는 제목만 듣고, 북해정에서의 일 이라는 걸 알았기 때문에....
사실은 쥰 녀석 무슨 부끄러운 얘기를 썼지! 하고 마음속으로 생각 했었죠.
작문은...... 아빠가 교통사고로 돌아가셔서 많은 빛을 남겼다는것, 엄마가
아침 일찍부터 밤 늦게까지일을 하시고 계시다는 것, 내가 조간 석간 신문을
배달하고 있다는 것 등.......... 전부 씌어 있었어요.
그러고서 12월 31일 밤 셋이서 먹은 한 그릇의 우동이 그렇게 맛있었다는 것.....
셋이서 단만 한 그릇밖에 시키지 않았는데도 우동집 아저씨와 아줌마는,
고맙습니다! 새해엔 복 많이 받으세요! 라고 큰 소리로 말해 주신일.
그 목소리는.......... 지지 말아라! 힘내! 살아갈 수 있어!라고 말하는 것
같은 기분이 들었다고요.
그래서 쥰은, 어른이 되면, 손님에게 '힘내라!' '행복해라!'라는 속마음을
감추고, '고맙습니다!'라고 말 할수 있는 일본 제일의 우동집 주인이 되는
것이라고, 커다란 목소리로 읽었어요."
카운터 안쪽에서, 귀를 기울이고 있을 주인과 여주인의 모습이 보이지 않는다.
카운터 깊숙이에 웅크린 두 사람은, 한장의 수건 끝을 서로 잡아당길 듯이
붙잡고, 참을 수 없이 흘러 나오는 눈물을 닦고 있었다.
"작문 읽기를 끝마쳤을 때 선생님이, 쥰의 형이 어머니를 대신해서 와주었으니까,
여기에서 인사를 해달라고 해서........"
"그래서 형아는 어떻게 했지?"
"갑자기 요청을 받았기때문에, 처음에는 말이 안 나왔지만........ 여러분,
항상 쥰과 사이좋게 지내줘서 고맙습니다....... 동생은 매일 여러분에게
폐를 끼치고 있다고 생각합니다.
방금 동생이 <우동 한그릇>이라고 읽기 시작했을 때...... 나는 처음엔
부끄럽게 생각했습니다............. 그러나, 가슴을 펴고 커다란 목소리로
읽고 있는 동생을 보고있는 사이에, 한그릇의 우동을 부끄럽다고 생각하는
그 마음이 더 부끄러운 것 이라고 깨달았습니다.
그때 한 그릇의 우동을 시켜주신 어머니의 용기를 잊어서는 안된다고
생각합니다........ 형제가 힘을 합쳐, 어머니를 보살펴 드리겠습니다......
앞으로도 쥰과 사이좋게 지내 주세요, 라고 말했어요."
차분하게 서로 손을 잡기도 하고, 웃다가 넘어질 듯이 어깨를 두드리기도 하고,
작년까지와는 아주 달라진 즐거운 그믐날 밤의 광경이었다.
우동을 다 먹고 300엔을 내며 '잘 먹었습니다.'라고 깊이깊이 머리를 숙이며
나가는 세사람을, 주인과 여주인은 일년을 마무리하는 커다란 목소리로,
'고맙습니다! 새해엔 복 많이 받으세요!' 라고 전송했다.
다시 일년이 지났다.
북해정에서는, 밤 9시가 지나서부터 <예약석>이란 팻말을 2번 테이블 위에
올려놓고 기다렸지만, 그 세 모자는 나타나지 않았다.
다음 해에도, 또 다음 해에도, 2번 테이블을 비우고 기다렸지만 세 사람은 끝내
나타나지 않았다.
북해정은 장사가 번성하여, 가게 내부 수리를 하게되자, 테이블이랑 의자도
새로 바꾸었지만 그 2번 테이블만은 그대로 남겨 두었다.
새 테이블이 나란히 있는 가운데에서, 단 하나 낡은 테이블이 중앙에 놓여 있는
것이다.
'어째서, 이것이 여기에?' 하고 의아스러워 하는 손님에게, 주인과 여주인은
<우동 한그릇>의 일을 이야기하고, 이 테이블을 보고서 자신들의 자극제로
하고있다, 어느날인가 그 세 사람의 손님이 와줄지도 모른다.
그때 이 테이블로 맞이하고싶다, 라고 설명하곤 했다.
그 이야기는, '행복의 테이블'로써, 이 손님에게서 저 손님에게로 전해졌다.
일부러 멀리에서 찾아와 우동을 먹고 가는 여학생이 있는가 하면, 그테이블이
빌때까지 기다렸다가 주문을 하는 젊은 커플도 있어 상당한 인기를 불러 일으켰다.
그러고나서 또, 수년의 세월이 흐른 어느해 섣달 그믐의 일이다.
북해정에는, 같은 거리의 상점회 회원이며 가족처럼 사귀고 있는 이웃들이 각자의
가게를 닫고 모여들고 있었다.
북해정에서 섣달 그믐의 풍습인 해넘기기 우동을 먹은 후, 제야의 종소리를
들으면서 동료들과 그 가족이모여 가까운 신사(神社)에 그해의 첫참배를 가는 것이
5, 6년 전부터의 관례가 되어 있었다.
그날 밤도 9시 반이 지나 생선가게 부부가 생선회를 가득 담은 큰 접시를 양손에
들고 들어온것이 신호라도 되는 것처럼, 평상시의 동료 30여명이 술이랑 안주를
손에 들고 차례차례 모여들어 가게 안의 분위기는 들떠 있었다.
2번 테이블의 유래를 그들도 알고 있다. 입으로 말은 안 해도 아마, 금년에도
빈 채로 신년을 맞이할 것이라고 생각했지만 '섣달 그믐달 10시 예약석'은
비워둔채 비좁은 자리에 전원이 조금씩 몸을 좁혀 앉아 늦게 오는 동료를
맞이했다.
우동을 먹는사람, 술을 마시는 사람, 서로 가져온 요리에 손을 뻗히는 사람,
카운터 안에 들어가 돕고 있는 사람, 멋대로 냉장고를 열고 뭔가를 꺼내고 있는
사람 등등으로 떠들썩했다.
바겐세일 이야기, 해수욕장에서의 에피소드, 손자가 태어난 이야기 등, 번잡함이
절정에 달한 10시 반이 지났을 때, 입구의 문이 드르륵, 하고 열렸다.
몇사람인가의 시선이 입구로 향하며 동시에 그들은 이야기를 멈추었다.
오버코트를 손에 든 정장 슈트 차림의 두 청년이 들어왔다. 다시 얘기가 이어지고
시끄러워졌다. 여주인이 죄송하다는 듯한 얼굴로 '공교롭게 만원이어서' 라며
거절하려고 했을 때 화복(일본옷) 차림의 부인이 깊이 머리를 숙이며 들어와서,
두 청년 사이에 섰다.
가게 안에 있는 모두가 침을 삼키며 귀를 기울인다.
"저....... 우동........ 3인분입니다만........ 괜찮겠죠?"
그 말을 들은 여주인의 얼굴색이 변했다. 십수년의 세월을 순식간에 밀어 젖히고,
그 날의 젊은 엄마와 어린 두 아들의 모습이 눈앞의 세 사람과 겹쳐진다.
카운터 안에서 눈을 크게 뜨고 바라보고 있는 주인과, 방금 들어온 세 사람을
번갈아 가리키면서,
"저.......... 저............. 여보!"
하고 당황해 하고 있는 여주인에게 청년 중 하나가 말했다.
"우리는, 14년 전 섣달 그믐날 밤, 모자 셋이서 일인분의 우동을 주문했던
사람입니다. 그때의 한 그릇의 우동에 용기를 얻어 세 사람이 손을 맞잡고 열심히
살아갈 수가 있었습니다.
그후, 우리는 외가가 있는 시가현으로 이사했습니다.
저는 금년, 의사 국가 시험에 합격하여 교오또(京都)의 대학병원에서 소아과의
병아리 의사로 근무하고 있습니다만, 내년 4월부터 삿뽀로의 종합병원에서
근무하게 되었습니다.
그 병원에 인사도 하고 아버님 묘에도 들를 겸해서 왔습니다.
그리고 우동집 주인은 되지 않았습니다만 교오또의 은행에 다니는 동생과
상의해서, 지금까지 인생 가운데에서 최고의 사치스러운 것을 계획했습니다...
그것은, 섣달 그믐날 어머님과 셋이서 삿뽀로의 북해정을 찾아와 3인분의 우동을
시키는 것이었습니다."
고개를 끄떡이며 듣고 있던 여주인과 주인의 눈에서 왈칵 눈물이 넘쳐 흘렀다.
입구에서 가까운 테이블에 진을 치고 있던 야채 가게 주인이, 우동을 입에
머금은 채 있다가 그대로 꿀껏하고 삼키며 일어나,
"여봐요 여주인 아줌마! 뭐하고 있어요! 십년간 이날을 위해 준비해 놓고
기다리고 기다린, 섣달 그믐날 10시 예약석이잖아요, 어서 안내해요 안내를!"
야채 가게 주인의 말에 번뜩 정신을 차린 여주인은,
"잘 오셨어요........ 자 어서요......... 여보! 2번 테이블 우동 3인분!"
무뚝뚝한 얼굴을 눈물로 적신 주인,
"네엣! 우동 3인분!"
예기치 않은 환성과 박수가 터지는 가게 밖에서는 조금 전까지 흩날리던 눈발도
그치고, 갓 내린 눈에 반사되어 창문의 빛에 비친 <북해정>이라고 쓰인
옥호막이 한발 앞서 불어 제치는 정월의 바람에 휘날리고 있었다.
출처:https://fishpoint.tistory.com/1167[기린]
一杯のかけそば(栗良平、1988年、栗っ子の会) この物語は、今から15年ほど前の12月31日、札幌の街にあるそば屋 「北海亭」での出来事から始まる。 そば屋にとって一番のかき入れ時は大晦日である。 北海亭もこの日ばかりは朝からてんてこ舞の忙しさだった。いつもは夜の 12時過ぎまで賑やかな表通りだが、夕方になるにつれ家路につく人々の足 も速くなる。10時を回ると北海亭の客足もぱったりと止まる。 頃合いを見計らって、人はいいのだが無愛想な主人に代わって、常連客か ら女将さんと呼ばれているその妻は、忙しかった1日をねぎらう、大入り袋 と土産のそばを持たせて、パートタイムの従業員を帰した。 最後の客が店を出たところで、そろそろ表の暖簾を下げようかと話をして いた時、入口の戸がガラガラガラと力無く開いて、2人の子どもを連れた女 性が入ってきた。6歳と10歳くらいの男の子は真新しい揃いのトレーニン グウェア姿で、女性は季節はずれのチェックの半コートを着ていた。 「いらっしゃいませ!」 と迎える女将に、その女性はおずおずと言った。 「あのー……かけそば……1人前なのですが……よろしいでしょうか」 後ろでは、2人の子ども達が心配顔で見上げている。 「えっ……えぇどうぞ。どうぞこちらへ」 暖房に近い2番テーブルへ案内しながら、カウンターの奥に向かって、 「かけ1丁!」 と声をかける。それを受けた主人は、チラリと3人連れに目をやりながら、 「あいよっ! かけ1丁!」 とこたえ、玉そば1個と、さらに半個を加えてゆでる。 玉そば1個で1人前の量である。客と妻に悟られぬサービスで、大盛りの 分量のそばがゆであがる。 テーブルに出された1杯のかけそばを囲んで、額を寄せあって食べている 3人の話し声がカウンターの中までかすかに届く。 「おいしいね」 と兄。 「お母さんもお食べよ」 と1本のそばをつまんで母親の口に持っていく弟。 やがて食べ終え、150円の代金を支払い、「ごちそうさまでした」と頭を 下げて出ていく母子3人に、 「ありがとうございました! どうかよいお年を!」 と声を合わせる主人と女将。 新しい年を迎えた北海亭は、相変わらずの忙しい毎日の中で1年が過ぎ、 再び12月31日がやってきた。 前年以上の猫の手も借りたいような1日が終わり、10時を過ぎたところ で、店を閉めようとしたとき、ガラガラガラと戸が開いて、2人の男の子を 連れた女性が入ってきた。 女将は女性の着ているチェックの半コートを見て、1年前の大晦日、最後 の客を思いだした。 「あのー……かけそば……1人前なのですが……よろしいでしょうか」 「どうぞどうぞ。こちらへ」 女将は、昨年と同じ2番テーブルへ案内しながら、 「かけ1丁!」 と大きな声をかける。 「あいよっ! かけ1丁」 と主人はこたえながら、消したばかりのコンロに火を入れる。 「ねえお前さん、サービスということで3人前、出して上げようよ」 そっと耳打ちする女将に、 「だめだだめだ、そんな事したら、かえって気をつかうべ」 と言いながら玉そば1つ半をゆで上げる夫を見て、 「お前さん、仏頂面してるけどいいとこあるねえ」 とほほ笑む妻に対し、相変わらずだまって盛りつけをする主人である。 テーブルの上の、1杯のそばを囲んだ母子3人の会話が、カウンターの中 と外の2人に聞こえる。 「……おいしいね……」 「今年も北海亭のおそば食べれたね」 「来年も食べれるといいね……」 食べ終えて、150円を支払い、出ていく3人の後ろ姿に 「ありがとうございました! どうかよいお年を!」 その日、何十回とくり返した言葉で送り出した。 商売繁盛のうちに迎えたその翌年の大晦日の夜、北海亭の主人と女将は、 たがいに口にこそ出さないが、九時半を過ぎた頃より、そわそわと落ち着か ない。 10時を回ったところで従業員を帰した主人は、壁に下げてあるメニュー 札を次々と裏返した。今年の夏に値上げして「かけそば200円」と書かれ ていたメニュー札が、150円に早変わりしていた。 2番テーブルの上には、すでに30分も前から「予約席」の札が女将の手 で置かれていた。 10時半になって、店内の客足がとぎれるのを待っていたかのように、母 と子の3人連れが入ってきた。 兄は中学生の制服、弟は去年兄が着ていた大きめのジャンパーを着ていた。 2人とも見違えるほどに成長していたが、母親は色あせたあのチェックの半 コート姿のままだった。 「いらっしゃいませ!」 と笑顔で迎える女将に、母親はおずおずと言う。 「あのー……かけそば……2人前なのですが……よろしいでしょうか」 「えっ……どうぞどうぞ。さぁこちらへ」 と2番テーブルへ案内しながら、そこにあった「予約席」の札を何気なく 隠し、カウンターに向かって 「かけ2丁!」 それを受けて 「あいよっ! かけ2丁!」 とこたえた主人は、玉そば3個を湯の中にほうり込んだ。 2杯のかけそばを互いに食べあう母子3人の明るい笑い声が聞こえ、話も 弾んでいるのがわかる。カウンターの中で思わず目と目を見交わしてほほ笑 む女将と、例の仏頂面のまま「うん、うん」とうなずく主人である。 「お兄ちゃん、淳ちゃん……今日は2人に、お母さんからお礼が言いたいの」 「……お礼って……どうしたの」 「実はね、死んだお父さんが起こした事故で、8人もの人にけがをさせ迷惑 をかけてしまったんだけど……保険などでも支払いできなかった分を、毎月 5万円ずつ払い続けていたの」 「うん、知っていたよ」 女将と主人は身動きしないで、じっと聞いている。 「支払いは年明けの3月までになっていたけど、実は今日、ぜんぶ支払いを 済ますことができたの」 「えっ! ほんとう、お母さん!」 「ええ、ほんとうよ。お兄ちゃんは新聞配達をしてがんばってくれてるし、 淳ちゃんがお買い物や夕飯のしたくを毎日してくれたおかげで、お母さん安 心して働くことができたの。よくがんばったからって、会社から特別手当を いただいたの。それで支払いをぜんぶ終わらすことができたの」 「お母さん! お兄ちゃん! よかったね! でも、これからも、夕飯のし たくはボクがするよ」 「ボクも新聞配達、続けるよ。淳! がんばろうな!」 「ありがとう。ほんとうにありがとう」 「今だから言えるけど、淳とボク、お母さんに内緒にしていた事があるんだ。 それはね……11月の日曜日、淳の授業参観の案内が、学校からあったでし ょう。……あのとき、淳はもう1通、先生からの手紙をあずかってきてたん だ。淳の書いた作文が北海道の代表に選ばれて、全国コンクールに出品され ることになったので、参観日に、その作文を淳に読んでもらうって。先生か らの手紙をお母さんに見せれば……むりして会社を休むのわかるから、淳、 それを隠したんだ。そのこと淳の友だちから聞いたものだから……ボクが参 観日に行ったんだ」 「そう……そうだったの……それで」 「先生が、あなたは将来どんな人になりたいですか、という題で、全員に作 文を書いてもらいましたところ、淳くんは、『一杯のかけそば』という題で書 いてくれました。これからその作文を読んでもらいますって。『一杯のかけそ ば』って聞いただけで北海亭でのことだとわかったから……淳のヤツなんで そんな恥ずかしいことを書くんだ! と心の中で思ったんだ。 作文はね……お父さんが、交通事故で死んでしまい、たくさんの借金が残 ったこと、お母さんが、朝早くから夜遅くまで働いていること、ボクが朝刊 夕刊の配達に行っていることなど……ぜんぶ読みあげたんだ。 そして12月31日の夜、3人で食べた1杯のかけそばが、とてもおいし かったこと。……3人でたった1杯しか頼まないのに、おそば屋のおじさん とおばさんは、ありがとうございました! どうかよいお年を!って大きな 声をかけてくれたこと。その声は……負けるなよ! 頑張れよ! 生きるんだ よ!って言ってるような気がしたって。それで淳は、大人になったら、お客 さんに、頑張ってね! 幸せにね!って思いを込めて、ありがとうございま した! と言える日本一の、おそば屋さんになります。って大きな声で読み あげたんだよ」 カウンターの中で、聞き耳を立てていたはずの主人と女将の姿が見えない。 カウンターの奥にしゃがみ込んだ2人は、1本のタオルの端を互いに引っ 張り合うようにつかんで、こらえきれず溢れ出る涙を拭っていた。 「作文を読み終わったとき、先生が、淳くんのお兄さんがお母さんにかわっ て来てくださってますので、ここで挨拶をしていただきましょうって……」 「まぁ、それで、お兄ちゃんどうしたの」 「突然言われたので、初めは言葉が出なかったけど……皆さん、いつも淳と 仲よくしてくれてありがとう。……弟は、毎日夕飯のしたくをしています。 それでクラブ活動の途中で帰るので、迷惑をかけていると思います。今、弟 が『一杯のかけそば』と読み始めたとき……ぼくは恥ずかしいと思いました。 ……でも、胸を張って大きな声で読みあげている弟を見ているうちに、1杯 のかけそばを恥ずかしいと思う、その心のほうが恥ずかしいことだと思いま した。 あの時……1杯のかけそばを頼んでくれた母の勇気を、忘れてはいけない と思います。……兄弟、力を合わせ、母を守っていきます。……これからも 淳と仲よくして下さい、って言ったんだ」 しんみりと、互いに手を握ったり、笑い転げるようにして肩を叩きあった り、昨年までとは、打って変わった楽しげな年越しそばを食べ終え、300 円を支払い「ごちそうさまでした」と、深々と頭を下げて出て行く3人を、 主人と女将は1年を締めくくる大きな声で、 「ありがとうございました! どうかよいお年を!」 と送り出した。 また1年が過ぎて――。 北海亭では、夜の9時過ぎから「予約席」の札を2番テーブルの上に置い て待ちに待ったが、あの母子3人は現れなかった。 次の年も、さらに次の年も、2番テーブルを空けて待ったが、3人は現れ なかった。 北海亭は商売繁盛のなかで、店内改装をすることになり、テーブルや椅子 も新しくしたが、あの2番テーブルだけはそのまま残した。 真新しいテーブルが並ぶなかで、1脚だけ古いテーブルが中央に置かれて いる。 「どうしてこれがここに」 と不思議がる客に、主人と女将は『一杯のかけそば』のことを話し、この テーブルを見ては自分たちの励みにしている、いつの日か、あの3人のお客 さんが、来てくださるかも知れない、その時、このテーブルで迎えたい、と 説明していた。 その話が「幸せのテーブル」として、客から客へと伝わった。わざわざ遠 くから訪ねてきて、そばを食べていく女学生がいたり、そのテーブルが、空 くのを待って注文をする若いカップルがいたりで、なかなかの人気を呼んで いた。 それから更に、数年の歳月が流れた12月31日の夜のことである。北海 亭には同じ町内の商店会のメンバーで家族同然のつきあいをしている仲間達 がそれぞれの店じまいを終え集まってきていた。北海亭で年越しそばを食べ た後、除夜の鐘の音を聞きながら仲間とその家族がそろって近くの神社へ初 詣に行くのが5~6年前からの恒例となっていた。 この夜も9時半過ぎに、魚屋の夫婦が刺身を盛り合わせた大皿を両手に持 って入って来たのが合図だったかのように、いつもの仲間30人余りが酒や 肴を手に次々と北海亭に集まってきた。「幸せの2番テーブル」の物語の由来 を知っている仲間達のこと、互いに口にこそ出さないが、おそらく今年も空 いたまま新年を迎えるであろう「大晦日10時過ぎの予約席」をそっとした まま、窮屈な小上がりの席を全員が少しずつ身体をずらせて遅れてきた仲間 を招き入れていた。 海水浴のエピソード、孫が生まれた話、大売り出しの話。賑やかさが頂点 に達した10時過ぎ、入口の戸がガラガラガラと開いた。幾人かの視線が入 口に向けられ、全員が押し黙る。北海亭の主人と女将以外は誰も会ったこと のない、あの「幸せの2番テーブル」の物語に出てくる薄手のチェックの半 コートを着た若い母親と幼い二人の男の子を誰しもが想像するが、入ってき たのはスーツを着てオーバーを手にした二人の青年だった。ホッとした溜め 息が漏れ、賑やかさが戻る。女将が申し訳なさそうな顔で 「あいにく、満席なものですから」 断ろうとしたその時、和服姿の婦人が深々と頭を下げ入ってきて二人の青 年の間に立った。店内にいる全ての者が息を呑んで聞き耳を立てる。 「あのー……かけそば……3人前なのですが……よろしいでしょうか」 その声を聞いて女将の顔色が変わる。十数年の歳月を瞬時に押しのけ、あ の日の若い母親と幼い二人の姿が目の前の3人と重なる。カウンターの中か ら目を見開いてにらみ付けている主人と今入ってきた3人の客とを交互に指 さしながら 「あの……あの……、おまえさん」 と、おろおろしている女将に青年の一人が言った。 「私達は14年前の大晦日の夜、親子3人で1人前のかけそばを注文した者 です。あの時、一杯のかけそばに励まされ、3人手を取り合って生き抜くこ とが出来ました。その後、母の実家があります滋賀県へ越しました。私は今 年、医師の国家試験に合格しまして京都の大学病院に小児科医の卵として勤 めておりますが、年明け4月より札幌の総合病院で勤務することになりまし た。その病院への挨拶と父のお墓への報告を兼ね、おそば屋さんにはなりま せんでしたが、京都の銀行に勤める弟と相談をしまして、今までの人生の中 で最高の贅沢を計画しました。それは大晦日に母と3人で札幌の北海亭さん を訪ね、3人前のかけそばを頼むことでした」 うなずきながら聞いていた女将と主人の目からどっと涙があふれ出る。入 口に近いテーブルに陣取っていた八百屋の大将がそばを口に含んだまま聞い ていたが、そのままゴクッと飲み込んで立ち上がり 「おいおい、女将さん。何してんだよお。10年間この日のために用意して 待ちに待った『大晦日10時過ぎの予約席』じゃないか。ご案内だよ。ご案 内」 八百屋に肩をぽんと叩かれ、気を取り直した女将は 「ようこそ、さあどうぞ。 おまえさん、2番テーブルかけ3丁!」 仏頂面を涙でぬらした主人、 「あいよっ! かけ3丁!」 期せずして上がる歓声と拍手の店の外では、先程までちらついていた雪も やみ、新雪にはね返った窓明かりが照らしだす『北海亭』と書かれた暖簾を、 ほんの一足早く吹く睦月の風が揺らしていた。
1989年、元々栗が口演し書籍化された童話『一杯のかけそば』が口コミで広がり、2月17日に開かれた衆議院予算委員会で、当時公明党所属の大久保直彦が質疑中に本書を朗読して涙を誘ったということもあって話題となり、映画化もされた。
しかしその後、自称していた「北海道大学医学部卒」が虚偽である事が発覚。さらに、滋賀県で寸借詐欺をしたことも明らかになり、表舞台から姿を隠した。
1994年、北海道静内町で人妻を誘惑し、1998年まで各地を転々とし詐欺的行為を繰り返したとされる[1]。その後、滋賀県大津市の山中でテント生活を始め、さらに詐欺的行為を繰り返し、同市にある岩間山正法寺の次女と親しくなり、寺は真言宗醍醐派からの離脱を申し出たが総本山醍醐寺は認めず、裁判となって最高裁で敗訴したという[2]。
著書
- 栗良平作品集 第1-3集 栗っ子の会 1988-1990(栗っ子童話シリーズ)
- 一杯のかけそば 角川文庫 1992
- 一杯のかけそば 青冬社 1992
脚注
- ^ 「元愛人が明かす「一杯のかけそば」栗良平のウソ人生」『週刊新潮(1999年7月22日号)』第44巻第28号、新潮社、1999年7月、 pp. 49-50、 ISSN 0488-7484。
- ^ 「「一杯のかけそば」栗良平が主役の「名刹乗っ取り」騒動」『週刊新潮(2007年3月29日号)』第52巻第12号、新潮社、2007年3月、 pp. 49-50、 ISSN 0488-7484。
外部リンク
- タモリの一言でブーム終焉となった「一杯のかけそば」 日刊ゲンダイ2011年11月9日
タモリの一言でブーム終焉となった「一杯のかけそば」
公開日:2011/10/19 16:00 更新日:2018/06/20 15:37
ー1988年12月ー
昭和最後の年越しとなった1988年末、ラジオが一本の「実話童話」を放送した。この話が「涙なしでは聞けない」と評判を呼び、ついには社会現象になった。作者もマスコミの寵児(ちょうじ)となるが、過去を知る人に告発され、一転して疑惑の人に。
大晦日にFM東京は、「ゆく年くる年」の中で「一杯のかけそば」と題した童話を朗読で放送した。作者は民話の語り部活動を行っている栗良平(当時45)なる人物。 この作品は70年代初頭、2人の子供を連れた貧しい身なりの女性が、札幌のそば屋を訪ねるところから始まる。女性が頼んだのは150円の一杯のかけそば。店主は何も言わずに半玉をサービスし、親子3人はそのそばをおいしそうに分けて食べた。こんな交流が毎年、大晦日に数年間続く。ところが、ある年から3人はパタリと現れなくなった。店主はその後も、大晦日は彼らの席を予約席にして待ち続けたが……。そして、最初の大晦日から14年後。成人して医師と銀行員となった息子と母親が現れて、「あの時の一杯のかけそばのおかげで生き抜くことができました」とお礼を言う。しみじみとした人情話である。
大晦日にFM東京は、「ゆく年くる年」の中で「一杯のかけそば」と題した童話を朗読で放送した。作者は民話の語り部活動を行っている栗良平(当時45)なる人物。
この作品は70年代初頭、2人の子供を連れた貧しい身なりの女性が、札幌のそば屋を訪ねるところから始まる。女性が頼んだのは150円の一杯のかけそば。店主は何も言わずに半玉をサービスし、親子3人はそのそばをおいしそうに分けて食べた。こんな交流が毎年、大晦日に数年間続く。ところが、ある年から3人はパタリと現れなくなった。店主はその後も、大晦日は彼らの席を予約席にして待ち続けたが……。そして、最初の大晦日から14年後。成人して医師と銀行員となった息子と母親が現れて、「あの時の一杯のかけそばのおかげで生き抜くことができました」とお礼を言う。しみじみとした人情話である。
ちょうど時代はバブル最盛期。豊かになり過ぎた消費生活への反省もあって、この話は1月に産経新聞や共同通信が取り上げ、2月には衆議院予算委員会で大久保直彦・公明党書記長(当時)の質問に引用されるなど、ブームになっていく。5月にはピークを迎え、週刊誌に全文が掲載されたのをはじめ、雑誌ではこの童話の話題一色に。また、テレビはフジが同15日から5日間もワイドショー「タイム3」で中尾彬、武田鉄矢らによる日替わり朗読放送「かけそば大特集」を組んだ。作者の栗も一躍売れっ子になり、着流し姿でテレビ出演して自作を読み上げた。
そんなかけそば一色の中、ひとり反旗を翻したのがタモリだった。5月19日の「笑っていいとも!」で「そのころ150円あったら、インスタントのそばが3人前買えたはず」「涙のファシズム」とうさんくささを指摘した。
この発言がキッカケとなり、ブームは翌6月には終焉を迎える。その4年前に作者を居候させた滋賀県のそば屋主人が、雑誌に告発したのだ。店主の話によると、栗はホラ吹きで「北大医学部卒の医学博士の小児科医」と詐称し、近所の住民に医者紛いの行為をし、薬代をだまし取ったりしていたという。店主自身からも自動車を買う代金として10万円を借りたまま姿を消したと訴えた。
また、「実話」という触れ込みだった「一杯のかけそば」は、出来過ぎやつじつまが合わない点を指摘され、作者の「虚言の一環ではないのか」と問題にされた。
結局、作者はこのブームで本の印税や講演料など1億数千万円を稼いだといわれたが、訴え出た被害者に弁済することなく、そのまま表舞台から消え去った。その後、北海道や滋賀での寸借詐欺が話題になったり、寺の乗っ取りを謀ったとの報道はあるが、現在も消息は不明のようだ。
《우동 한 그릇》(일본어: 一杯のかけそば)은 구리 료헤이(한자: 栗良平)의 단편소설이다.
북해정(北海亭)이라는 우동집에 허름한 차림의 부인이 두 아들과 같이 와서 우동 1인분을 시키자, 가게주인이 이들 모자의 자존심이 상하지 않도록 몰래 1인분 반을 담아주는 배려에서 이야기가 시작된다. 상업을 이익을 남기기 위한 것이라기보다는, 최선을 다하는 봉사로서 소비자를 감동시키는 것으로 이해함을 짐작케 하는 일본 자본주의의 특징을 담고 있다. 1992년에는 일본에서 이 소설을 원작으로한 영화가 제작되었다.
우동 한그릇(一杯のかけそば)
이야기는 구리 료헤이가 지은 우동 한그릇(一杯のかけそば)이라는 이야기이다.
해마다 섣달 그믐날(12월 31일)이 되면 일본의 우동집들은 일년중 가장 바쁩니다. 삿포로에 있는 우동집 <북해정>도 이 날은 아침부터 눈코뜰새 없이 바빴습니다. 이 날은 일 년중 마지막 날이라서 그런지 밤이 깊어지면서, 집으로 돌아가는 사람들의 발걸음도 빨라졌습니다.
그러더니 10시가 지나자 손님도 뜸해졌습니다. 무뚝뚝한 성격의 우동집 주인아저씨는 입을 꾹 다문채; 주방의 그릇을 정리하고 있었습니다. 그리고 남편과는 달리 상냥해서 손님들에게 인기가 많은 주인여자는, 임시로 고용한 여종업원에게 특별 보너스와 국수가 담긴 상자를, 선물로 주어 보내는 중이었습니다.
"요오코 양, 오늘 정말 수고 많이 했어요. 새해 복 많이 받아요."
"네, 아주머니도 새해 복 많이 받으세요."
요오코 양이 돌아간 뒤 주인 여자는 한껏 기지개를 펴면서,
"이제 두 시간도 안되어 새해가 시작되겠구나. 정말 바쁜 한 해였어."
하고 혼잣말을 하며 밖에 세워둔 간판을 거두기 위해 문 쪽으로 걸어갔습니다.
그 때였습니다. 출입문이 드르륵, 하고 열리더니 두 명의 아이를 데리고 한 여자가 들어섰습니다. 여섯 살과 열 살 정도로 보이는 사내애들은 새로 산듯한 옷을 입고 있었고, 여자는 낡고 오래 된 체크무늬 반코트를 입고 있었습니다.
"어서 오세요!"
주인 여자는 늘 그런 것처럼 반갑게 손님을 맞이했습니다. 그렇지만 여자는 선뜻 안으로 들어오지 못하고 머뭇 머뭇 말했습니다.
"저…… 우동…… 일인분만 시켜도 괜찮을까요?……"
뒤에서는 두 아이들이 걱정스러운 얼굴로 쳐다보고 있었습니다. 세 사람은, 다 늦은 저녁에 우동 한 그릇 때문에 주인 내외를 귀찮게, 하는 것은 아닌가 해서 조심스러웠던 것입니다. 하지만 그런 마음을 알아차렸는지 주인아주머니는 얼굴을 찡그리기는커녕 환한 얼굴로 이렇게 대답했습니다.
"네…… 네. 자, 이쪽으로."
난로 바로 옆의 2번 식탁으로 안내하면서 주인 여자는 주방 안을 향해 소리쳤습니다.
"여기, 우동 1인분이요!"
갑작스런 주문을 받은 주인아저씨는 그릇을 정리하다 말고 놀라서 잠깐 일행 세 사람에게 눈길을 보내다가 곧 이렇게 대답했습니다.
"네! 우동 1인분!"
그는 아내 모르게 1인분의 우동 한 덩어리와 거기에 반 덩어리를 더 넣어서 삶았습니다.
그는 세 사람의 행색을 보고 우동을 한 그릇밖에 시킬 수 없는 이유를 짐작할 수 있었던 것입니다.
"자, 여기 우동 나왔습니다. 맛있게 드세요."
가득 담긴 우동을 식탁 가운데 두고, 이마를 맞대며 오순도순 먹고 있는 세 사람의 이야기 소리가 계산대 있는 곳까지 들려왔습니다.
"국물이 따뜻하고 맛있네요."
형이 국물을 한 모금 마시며 말했습니다.
"엄마도 잡수세요."
동생은 젓가락으로 국수를 한 가닥 집어서 어머니의 입으로 가져갔습니다. 비록 한 그릇의 우동이지만 세 식구는 맛있게 나누어 먹었습니다. 이윽고 다 먹고 난 뒤 150엔(한화 약 1,500원)의 값을 지불하며, "맛있게 먹었습니다."라고 공손히 머리를 숙이고 나가는 세 사람에게 주인내외는 목청을 돋워 인사를 했습니다.
"고맙습니다. 새해 복 많이 받으세요."
그 후, 새해를 맞이했던 <북해정>은 변함없이 바쁜 날들 속에서 한 해를 보내고 다시 12월 31일을 맞이했습니다. 지난해 이상으로 몹시 바쁜 하루를 보내고 10시가지나 가게문을 닫으려고 하는데 드르륵 하고 문이 열리더니 두 명의 사내아이를 데리고 한 여자가 들어왔습니다. 주인 여자는 그 여자가 입고 있는 체크무늬의 반코트를 본 순간, 일년 전 섣달 그믐날 문 닫기 직전에 와서 우동 한 그릇을 먹고 갔던 그 손님들이라는 걸 알았습니다. 여자는 그 날처럼 조심스럽고 예의바르게 말했습니다.
"저…… 우동…… 1인분입니다만…… 괜찮을까요?"
"물론입니다. 어서 이쪽으로 오세요."
주인 여자는 작년과 같이 2번 식탁으로 안내하면서 큰 소리로 외쳤습니다.
"여기 우동 1인분이요!" 주방 안에서, 역시 세 사람을 알아 본 주인아저씨는 밖을 향하여 크게 외쳤습니다.
"네엣! 우동 1인분!"
그러고 나서 막 꺼버린 가스레인지에 불을 붙였습니다. 물을 끓이고 있는데 주인 여자가 주방으로 들어와 남편에게 속삭였습니다.
"저 여보, 그냥 공짜로 3인분의 우동을 만들어 줍시다."
그 말에 남편이 고개를 저었습니다.
"안돼요. 그렇게 하면 도리어 부담스러워서 다신 우리 집에 오지 못할 거요."
그러면서 남편은 지난해처럼 둥근 우동 하나 반을 넣어 삶았습니다. 그 모습을 지켜보고 있던 아내는 미소를 지으면서 다시 작은 소리로 말했습니다.
"여보, 매일 무뚝뚝한 얼굴을 하고 있어서 인정도 없으려니 했는데 이렇게 좋은 면이 있었구려."
남편은 들은 척도 않고 입을 다문 채 삶아진 우동을 그릇에 담아 세 사람에게 가져다주었습니다. 식탁 위에 놓인 한 그릇의 우동을 둘러싸고 도란도란하는 세 사람의 이야기 소리가 주방 안의 두 부부에게 들려왔습니다.
"아…… 맛있어요……"
동생이 우동 가락을 우물거리고 씹으며 말했습니다.
"올해에도 이 가게의 우동을 먹게 되네요."
동생의 먹는 모습을 대견하게 바라보던 형이 말했습니다.
"내년에도 먹을 수 있으면 좋으련만……"
어머니는 순식간에 비워진 우동 그릇과 대견스러운 두 아들을 번갈아 바라보며 입 속으로 중얼거렸습니다.
이번에도, 우동값을 내고 나가는 세 사람의 뒷모습을 향해 주인 내외는 약속이라도 한 것처럼 큰 소리로 외쳤습니다.
"고맙습니다! 새해 복 많이 받으세요!"
그 말은, 그날 내내 수십 번도 더 되풀이한 인사였지만 주인 내외의 목소리는 어느 때보다도 크고 따뜻함을 담고 있었습니다.
다음 해의 섣달 그믐날 밤은 어느 해보다 더욱 장사가 잘 되는 중에 맞이하게 되었습니다. <북해정>의 주인 내외는 누가 먼저 입을 열지는 않았지만 밤 9시 반이 지날 무렵부터 안절부절 못하며 누군가를 기다리고 있었습니다. 10시가 지나자 종업원을 귀가시킨 주인아저씨는, 벽에 붙어 있던 메뉴를 차례차례 뒤집었습니다.
금년 여름부터 값을 올려 <우동 200엔>이라고 씌어져 있던 메뉴가 150엔으로 바뀌고 있었습니다. 2번 식탁 위에는 이미 30분 전부터 '예약석'이란 팻말이 놓여졌습니다. 이윽고 10시 반이 되자, 손님의 발길이 끊어지는 것을 기다리고 있기라도 한 것처럼 어머니와 두 아들, 그 세사람이 들어왔습니다.
형은 중학생 교복, 동생은 작년에 형이 입고 있던 점퍼를 헐렁하게 입고 있었습니다.
형제 다 몰라볼 정도로 성장해 있었는데, 아이들의 엄마는 여전히 색이 바랜 체크무늬 반코트 차림 그대로였습니다.
"어서 오세요!"
역시 웃는 얼굴로 맞이하는 주인 여자에게 어머니는 조심스럽고 예의바르게 물었습니다.
"저…… 우동…… 2인분인데도…… 괜찮겠죠?"
"넷!…… 어서 어서 자, 이쪽으로……"
세 사람을 2번 식탁으로 안내하면서, 주인 여자는 거기 있던 <예약석>이란 팻말을 슬그머니 감추고 주방을 향해서 소리쳤습니다.
"여기 우동 2인분이요!"
그 말을 받아 주방 안에서 이미 국물을 끓이며 기다리고 있던 주인아저씨가 큰 소리로 외쳤습니다.
"네! 우동 2인분, 금방 나갑니다!".
그는 끓는 국물에 이번에는 우동 세 덩어리를 던져 넣었습니다.
두 그릇의 우동을 함께 먹는 세 모자의 밝은 목소리가 들려 왔습니다. 그리고, 세 사람은 어느 해보다도 활기가 있어 보였습니다. 그들에게 방해될까봐 조용히 주방 안에서 지켜보고 있던 주인 내외는 우연히 눈이 마주치자 서로에게 미소를 지으며 흐뭇한 표정을 지어 보였습니다. 평소에는 무뚝뚝하던 주인아저씨도 이 순간만큼은 기분좋게 웃고 있었습니다. 세 사람의 대화는 계속되었습니다.
"시로도야, 그리고 쥰아 오늘은 너희들에게 엄마가 고맙다는 말을 하고 싶구나."
"……고맙다니요?…… 무슨 말씀이세요?"
형인 시로도가 물었습니다.
어머니의 말이 이어졌습니다.
"너희들도 알다시피 돌아가신 아빠가 일으킨 사고로 여덟명이나 되는 사람이 부상을 입었잖니?. 일부는 보험금으로 보상해 줄 수 있었지만 보상비가 모자라 그만큼 빚을 얻어 지불하고 매월 그 빚을 나누어 갚아왔단다."
"네…… 알고 있어요."
형이 고개를 끄덕이며 대답했습니다.
주인 내외는 주방 안에서 꼼짝 않고 선 채로 계속해서 그들의 이야기에 귀를 기울였습니다.
"그 빚은 내년 3월이 되어야 다 갚을 수 있는데, 실은 오늘 전부 갚았단다."
"네? 정말이에요 엄마?"
두 형제의 목소리가 커졌습니다.
"그래, 그 동안 시로도는 아침저녁으로 신문 배달을 열심히 해 주었고, 쥰이는 장보기와 저녁 준비를 매일 해 준 덕분에 엄마는 안심하고 회사에서 열심히 일할 수 있었단다. 그것으로 나머지 빚을 모두 갚을 수 있었던 거야."
"엄마, 형! 잘됐어요! 하지만 앞으로도 저녁 식사 준비는 제가 계속할 거예요."
"저도 신문 배달을 계속 할래요! 쥰아, 우리 힘을 내자!"
형이 눈을 반짝이며 말했습니다.
"고맙다. 정말 고마워!"
어머니는 아이들의 손을 움켜쥐며 눈물을 글썽거렸습니다.
그걸 보며 형이 조심스럽게 입을 열었습니다.
"엄마, 지금 비로소 얘긴데요, 쥰이하고 제가 엄마한테 숨긴 게 있어요. 그것은요…… 지난 11월에, 학교에서 쥰이의 수업을 참관하러 오라는 편지가 왔었어요. 그리고 쥰이 쓴 작문이 북해도의 대표로 뽑혀 전국 작문 대회에, 출품하게 되어서 수업 참관일에 그 작문을 쥰이 읽기로 했다고요, 하지만 선생님이 주신 편지를 엄마께 보여드리면…무리해서 회사를 쉬고 학교에 가실 것 같아서 쥰이 일부러 엄마한테 말을 하지 않고 있었대요. 그 사실을 쥰의 친구들한테서 듣고…제가 대신 참관일에 학교에 가게 됐어요."
어머니는 처음 듣는 이야기에 조금 놀랐지만 금방 침착하게 말했습니다.
"그래…… 그랬었구나…… 그래서?……"
"선생님께서 작문 시간에, 나는 장래 어떤 사람이 되고 싶은가, 라는 제목으로 작문을 쓰게 했는데 쥰은 '우동 한 그릇'이라는 제목으로 글을 써서 냈대요. 지금 그 작문을 읽어 드리려고 해요. 사실 전 처음에 '우동 한 그릇'이라는 제목만 듣고는, 여기 '북해정'에서의 일이라는 걸 알았기 때문에 쥰 녀석, 무슨 그런 부끄러운 얘기를 썼지? 하고 마음속으로 생각했었어요. 그런데, 쥰이의 작문을 보고 생각이 바뀌었어요 자, 지금부터 읽어드릴게요."
시로도는 그러면서 교복 상의 주머니에 접어서 넣어 두었던 종이 두 장을 꺼내어 펼쳤습니다. 쥰의 작문을 읽어 내려가는 시로도의 목소리는 작지만 낭랑하게 우동 가게에 울려 퍼졌습니다.
"우리 아빠는 운전을 하다 교통사고를 내서 많은 사람들을 다치게 하고 세상을 떠나셨다. 그런데 피해자들 모두에게 보상을 해주기 위해선 보험금으로도 부족해서 많은 빚을 지게 되었다. 그 때부터 우리 가족의 고생은 시작되었다.
엄마는 아침 일찍부터 밤늦게까지 일을 하셨고, 형은 날마다 조간과 석간신문을 배달해서 돈을 벌었다. 아직 어린 나는 돈을 벌기 위해 할 수 있는 일도 없었고, 엄마와 형은 나에게는 아무 일도 하지 못하게 했다. 대신 나는 저녁이면 시장을 봐서 밥을 해놓는 일을 했다. 내가 해 놓은 밥을 엄마와 형이 맛있게 먹는 걸 볼 때 나는 행복하다.
나도 우리 식구를 위해 작지만 할 수 있는 일이 있기 때문이다. 빚을 하루라도 빨리 갚기 위해서 우리는 모든 것을 절약하는 생활을 했다. 엄마의 겨울 코트는 아주 오래 되어 낡고 해어졌지만 해마다 꿰매어 입으셔야 했다.
그러던 중에 재작년 12월 31일 밤에 우리 가족은 우연히 한 우동 가게를 지나치게 되었다. 안에서 흘러나오는 우동 국물의 냄새가 그렇게 맛있게 느껴질 수가 없었다. 우리 형제의 마음을 알았는지 엄마는 우리에게 우동을 사 주시겠다고 했다. 우리는 그 말이 반갑고 고마웠지만 우리 형편을 잘 알고 있었기 때문에 선뜻 가게 안으로 들어갈 수가 없었다.
형과 나는 망설이다가 딱 한 그릇만 시켜서 셋이서 같이 먹자고 엄마한테 말했다. 한 그릇이라도 우리에게 우동을 먹이고 싶었던 엄마와, 우동 국물 냄새에 마음이 끌린 우리 형제는 가게 안으로 들어섰다. 문 닫을 시간에 들어와 우동 한 그릇밖에 시키지 않는 우리가 귀찮을 텐데도 주인 내외는 친절하고 반갑게 우리를 맞이해 주었다.
주인 내외는 양도 많고 따뜻한 우동을 우리에게 내놓았다. 그러고 나서는 문을 나서는 우리에게 '고맙습니다! 새해엔 복 많이 받으세요!'하며 큰소리로 말해 주었다. 그 목소리는 마치 우리에게, '지지 말아라! 힘내! 살아갈 수 있어!'라고 말하는 것 같았다.
우리 가족은 그 후 일 년이 지난 작년 섣달 그믐날에도 그 우동 가게를 찾아갔다. 여전히 우리는 형편이 나아지지 않아 우동은 한 그릇밖에 시킬 수가 없었다. 하지만 이 날도 마찬가지로 주인 내외는 친절하고 따뜻하게 우리에게 우동을 대접해 주었다.
'고맙습니다! 새해엔 복 많이 받으세요!' 하는 인사도 여전했다.
그래서 나는 결심했다. 나중에 내가 어른이 되면 힘들어 보이는 손님에게 '힘내세요! 행복하세요!' 하는 말 대신 그 마음을 진심으로 담고 있는 '고맙습니다!' 하고 말해줄 수 있는 일본 최고의 우동 가게 주인이 되겠다고."
주방 안에서 귀를 기울이고 있던 주인내외의 모습이 어느새 보이지 않았습니다. 형이 동생의 작문을 읽어 내려가는 사이 두 사람은 그대로 주저앉아 한 장의 수건을 서로 잡아당기며 걷잡을 수 없이 흘러나오는 눈물을 닦고 있었습니다. 시로도는 이야기를 계속했습니다.
"쥰이 사람들 앞에서 이 작문 읽기를 마치자 선생님이 저한테, 어머니를 대신해서 인사를 해 달라고 했어요."
"그래서 너는 어떻게 했니?"
어머니가 호기심 어린 얼굴로 형에게 물었습니다.
"갑자기 요청 받은 일이라서 처음에는 말이 안 나왔어요.… 그렇지만 마음을 가다듬고 이렇게 말했어요. 여러분, 항상 쥰과 사이좋게 지내줘서 고맙습니다.…작문에도 씌어 있지만 동생은 매일 저녁 우리 집의 식사 준비를 하고 있었습니다.
그래서 방과 후 여러분들과도 어울리지 못하고 일찍 집으로 돌아가는 겁니다. 그리고 동아리 활동을 하다가도 도중에 돌아와야 하니까 동생은 여러분들한테 몹시 미안해했습니다. 솔직히 저는 동생이 <우동 한 그릇>이라는 제목으로 작문을 읽기 시작했을 때 부끄럽게 생각했습니다. 그러나 가슴을 펴고 커다란 목소리로 읽고 있는 동생을 보는 사이에, 한 그릇의 우동을 부끄럽게 생각하는 그 마음이 더 부끄러운 것이라고 생각했습니다.
그 때, 한 그릇의 우동을 시켜주신 어머니의 용기를 잊어서는 안 된다고 생각합니다. 우리 형제는 앞으로도 힘을 합쳐 어머니를 보살펴 드릴 것입니다. 여러분, 앞으로도 쥰과 사이좋게 지내 주세요."
시로도의 말이 끝나자 어머니는 두 형제를 대견한 눈으로 바라보았습니다. 세 사람은 어느 때보다도 행복해 보였습니다.
다정하게 서로 손을 잡기도 하고, 무슨 이야기인가 나누며 웃다가 서로의 어깨를 다독여 주기도 하고, 작년까지와는 아주 달라진 즐거운 그믐밤의 광경이었습니다. 올해에도, 우동을 맛있게 먹고 나서 우동 값을 내며 '잘 먹었습니다.'라고 머리를 숙이며 나가는 세 사람에게 주인 내외는 일 년을 마무리하는 커다란 목소리로, "고맙습니다! 새해엔 복 많이 받으세요!"라고 큰소리로 인사하며 배웅했습니다.
다시 일 년이 지나 섣달 그믐날이 되자 <북해정>의 주인 내외는 밤 9시가 지나고부터 <예약석>이란 팻말을 2번 식탁에 올려놓고 세 사람을 기다렸습니다. 그러나 그들은 끝내 나타나지 않았습니다.
다음해에도, 그 다음해에도 2번 식탁을 비워 놓고 기다렸지만 세 사람은 여전히 나타나지 않았습니다. 시간이 갈수록 <북해정>은 장사가 잘 되어, 가게 내부 장식도 멋지게 꾸미고 식탁과 의자도 새로 바꿨지만 2번 식탁만은 그대로 남겨 두었습니다.
단정하고 깨끗하게 놓여져 있는 식탁들 가운데에서 단 하나 낡은 식탁이 중앙에 놓여 있는 것입니다.
"어째서 이런 게 여기에 있지?"
"낡은 이 식탁은 이 가게에 어울리지 않아."
이렇게 의아스러워하는 손님들에게 주인 내외는 '우동 한 그릇'의 사연을 이야기해 준 뒤 이렇게 덧붙이는 걸 잊지 않았습니다.
"우리는 이 식탁을 보면서 그 때 그 사람들에게 받았던 감동을 잊지 않으려고 합니다. 그리고 이 식탁은 간혹 손님들에 대한 배려와 따뜻함을 잃어가는 우리 내외에게 자극제가 되고 있습니다. 우리는 어느 날인가 그 세 사람의 손님이 와 주었을 때, 이 식탁으로 맞이하고 싶습니다."
그 이야기는 '행복의 식탁'으로서, 손님들의 입에서 입으로 전해졌습니다. 일부러 멀리에서 찾아와 우동을 먹고 가는 여학생이 있는가 하면, 그 식탁이 비기를 기다렸다가 우동을 먹고 가는 사람들도 있고, 어려운 환경에서 살아가는 가족들이 찾아와 새롭게 결심을 다지고 돌아가기도 하는 등 그 식탁은 상당한 인기를 불러 일으켰습니다.
그 후 몇 년의 세월이 흘렀습니다. 섣달 그믐날이 되자 <북해정>에는, 이웃에서 장사를 하고 있는 이웃 사람들이 가게문을 닫고 모두 모여들었습니다.
그들은 5, 6년 전부터 <북해정>에 모여서 섣달그믐의 풍습인 <해 넘기기 우동>을 먹은 후 제야의 종소리를 함께 들으면서, 새해를 맞이하는 게 하나의 행사가 되어 있었습니다.
그날 밤도 9시 반이 지나자 생선 가게를 하는 부부가 생선회를 접시에 가득 담아서 들고 오는 것을 시작으로, 주위에서 가게를 하는 30여 명이 술이라야 안주를 손에 들고 차례차례 모여들었습니다. 가게 안은 순식간에 왁자지껄해졌습니다. 그들 중 몇 명의 사람들이 2번 식탁을 보며 말했습니다.
"오늘도 어김없이 2번 식탁은 비워 두었구먼!".
"이 식탁의 주인공들이 정말 궁금하다고".
2번 식탁의 유래를 그들도 알고 있었습니다. 말은 하지 않았지만 사람들은 어쩌면 금년에도 빈 채로, 신년을 맞이할지 모른다고 생각하고 있었습니다. 그러나 주인 내외는 <섣달 그믐날 10시 예약석>은 비워 둔 채, 다른 식탁에만 사람들을 앉게 했습니다.
2번 식탁에도 앉으면 좀 더 여유가 있으련만 비좁게 다른 자리에, 모여 앉아 있으련만 비좁게 다른 자리에 모여 앉아 있으면서도, 사람들은 아무도 불평하지 않았습니다.
가게 안은 우동을 먹는 사람, 술을 마시는 사람, 각자 가져온 요리에 손을 뻗치는 사람, 주방 안에 들어가 음식 만드는 걸 돕고 있는 사람, 냉장고를 열어 뭔가를 꺼내고 있는 사람 등등으로 떠들썩했습니다.
이야기의 내용도 다양했습니다. 바겐세일 이야기 금년 해수욕장엣 겪은 일, 돈 안내고 달아난 손님 이야기 며칠 전에 손자가 태어났다는 할머니의 이야기등으로 가게는 왁자지껄했습니다. 그런데 10시 30분쯤 되었을 때 문이 드르륵 하고 열렸습니다. 사람들의 시선이 입구로 쏠리며 조용해졌습니다.
코트를 손에 든 신사복 차림의 청년 두 명이 들어왔습니다. 사람들은 자신들과 상관없는 사람이라는 걸 알게 되자, 다시 자신들이 나누던 이야기를 마저 하기 시작했습니다. 가게 안은 다시 시끄러워졌습니다.
"미안해서 어쩌죠? 이렇게 가게가 꽉 차서…… 더 손님을 받기가……".
주인 여자는 난처한 얼굴로 이렇게 말했습니다. 그런데 말이 다 끝나기도 전에 기모노를 입은 부인이 고개를 숙인 채, 앞으로 나오며 두 청년 사이에 섰습니다.
모든 사람들의 시선이 그들에게 쏠렸고 부인이 조용히 입을 열었습니다.
"저…… 우동…… 3인분입니다만…… 괜찮겠죠?".
그 말을 들은 주인 여자의 얼굴이 놀라움으로 변했습니다.
그 순간 십여 년의 세월을 순식간에 밀어젖히고 오래 전 그 날의 젊은 엄마와 어린 두 아들의 모습이 눈앞의 세 사람과 겹쳐졌습니다. 여주인은 주방 안에서 눈을 크게 뜨고 바라보고 있는 남편에게 방금 들어온 세 사람을 가리키면서 말을 더듬었습니다.
"저…… 저…… 여보!……".
반가움과 놀라움으로 허둥대는 여주인에게 청년 중 한 명이 말했습니다.
"우리는 14년 전 섣달 그믐날 밤 셋이서 1인분의 우동을 주문했던 사람들입니다. 그 때의 한 그릇의 우동에 용기를 얻어 세 사람이 손을 맞잡고 열심히 살아갈 수 가 있었습니다. 그 후 우리는 이곳을 떠나 외가가 있는 시가현으로 이사를 했습니다. 저는 금년에 의사 국가시험에 합격하여 대학병원의 소아과 의사로 근무하고 있었습니다. 그리고 내년부터는 이곳에서 멀지 않은 종합병원에서 근무하게 되었습니다. 그 병원에 인사도 하고 아버님 묘에도 들를 겸해서 왔습니다.
그리고 우동집 주인은 되지 않았습니다만 은행원이 된 동생과 상의해서 지금까지 저희 가족의 인생 중에서 가장 사치스러운 계획을 실행에 옮기기로 했습니다. 그것은 섣달 그믐날 어머니를 모시고 셋이서 이곳 <북해정>을 다시 찾아와 3인분의 우동을 시키는 것이었습니다."
고개를 끄덕이면서 듣고 있던 주인 내외의 눈에서 어느새 뜨거운 눈물이 넘쳐흘렀습니다.
입구에서 가까운 거리의 식탁에 앉아 있던 야채 가게 주인이 처음부터 죽 지켜보고 있다가, 급한 마음에 우동을 씹지도 않고 꿀꺽 하고 삼키며 일어나 모두에게 들릴 정도로 외쳤습니다.
"여봐요 주인아주머니! 뭐하고 있어요? 십여 년간 이 날을 위해 준비해 놓고 기다리고 기다린, 섣달 그믐날 10시 예약석이잖아요, 어서 안내해요 안내를!"
야채 가게 주인의 말에 비로소 정신을 차린 여주인이 그제야 세 사람에게 가게 안의 2번 식탁을 가리켰습니다.
"잘 오셨어요.… 자, 어서요.…… 여보! 2번 식탁에 우동 3인분이요!".
주방 안에서 얼굴을 눈물로 적시고 있던 주인아저씨도 정신을 차리고 큰 소리로 외쳤습니다.
"네엣! 우동 3인분!"
그 광경을 지켜보며 가게 안에 모여 있던 사람들이 환성과 함께 박수를 보냈습니다. 가게 밖에는 조금 전까지 흩날리던 눈발도 그치고, <북해정>이라고 쓰인 천 간판이 바람에 휘날리고 있었습니다.
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一杯のかけそば
一杯のかけそば(いっぱいのかけそば)は、栗良平の作品。
また、同作を原作とした映画。当時は感動話の代表作として瞬く間に日本中の話題をさらい、果ては作品叢書まで出来た。
1989年(平成元年)2月17日に行われた第114回国会の衆議院予算委員会審議において、公明党の大久保直彦衆議院議員が、竹下登首相に対する質疑で、当時話題となっていた本作のほぼ全文を朗読・紹介して、リクルート問題に関する質問をしたため、さらにブームに拍車がかかった。
その後、栗良平が全国で寸借詐欺をして回った容疑で逮捕されたため、感動話と同時に「詐欺話」という扱いを受けた(詐欺師が感動話を書いたということで)。
特に、短編小説として発表された本作を「実話であるか、創作であるか」という話題が大きく取り上げられ、結果的に作者の実生活といった「作品外の話、実話」にスポットが過剰にあたってしまった。そこから「出来すぎた創作話と、詐欺師の作者(実体)」というようなパッケージ化がされてワイドショーなどを賑わせてしまった。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1989年に日本中で話題になった作品です。
週刊誌で「(涙なしでは読めないので)他人がいない所で読んでください」として紹介され、民放TV各局が取り上げている最中、作家の不祥事のことが持ち上がって各局とも放送を止めてしまいました。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」で作家が悪ければ作品も悪い、みたいでした。この作品を読んで、聞いた多くの人が流した涙は何だったのでしょう。
週刊誌掲載のものと、TVの口演録音を元にしていますので原作と同じではないかも知れません。
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この物語は、今から15年ほど前の12月31日、札幌の街にあるそば屋「北海亭」での出来事から始まる。
そば屋にとって一番のかき入れ時は大晦日である。
北海亭もこの日ばかりは朝からてんてこ舞の忙しさだった。いつもは夜の12時過ぎまで賑やかな表通りだが、夕方になるにつれ家路につく人々の足も速くなる。10時を回ると北海亭の客足もぱったりと止まる。
頃合いを見計らって、人はいいのだが無愛想な主人に代わって、常連客から女将さんと呼ばれているその妻は、忙しかった1日をねぎらう、大入り袋と土産のそばを持たせて、パートタイムの従業員を帰した。
最後の客が店を出たところで、そろそろ表の暖簾を下げようかと話をしていた時、入口の戸がガラガラガラと力無く開いて、2人の子どもを連れた女性が入ってきた。6歳と10歳くらいの男の子は真新しい揃いのトレーニングウェア姿で、女性は季節はずれのチェックの半コートを着ていた。
「いらっしゃいませ!」
と迎える女将に、その女性はおずおずと言った。
「あのー……かけそば……1人前なのですが……よろしいでしょうか」
後ろでは、2人の子ども達が心配顔で見上げている。
「えっ……えぇどうぞ。どうぞこちらへ」
暖房に近い2番テーブルへ案内しながら、カウンターの奥に向かって、
「かけ1丁!」
と声をかける。それを受けた主人は、チラリと3人連れに目をやりながら、
「あいよっ! かけ1丁!」
とこたえ、玉そば1個と、さらに半個を加えてゆでる。
玉そば1個で1人前の量である。客と妻に悟られぬサービスで、大盛りの分量のそばがゆであがる。
テーブルに出された1杯のかけそばを囲んで、額を寄せあって食べている3人の話し声がカウンターの中までかすかに届く。
「おいしいね」
と兄。
「お母さんもお食べよ」
と1本のそばをつまんで母親の口に持っていく弟。
やがて食べ終え、150円の代金を支払い、「ごちそうさまでした」と頭を下げて出ていく母子3人に、
「ありがとうございました! どうかよいお年を!」
と声を合わせる主人と女将。
新しい年を迎えた北海亭は、相変わらずの忙しい毎日の中で1年が過ぎ、再び12月31日がやってきた。
前年以上の猫の手も借りたいような1日が終わり、10時を過ぎたところで、店を閉めようとしたとき、ガラガラガラと戸が開いて、2人の男の子を連れた女性が入ってきた。
女将は女性の着ているチェックの半コートを見て、1年前の大晦日、最後の客を思いだした。
「あのー……かけそば……1人前なのですが……よろしいでしょうか」
「どうぞどうぞ。こちらへ」
女将は、昨年と同じ2番テーブルへ案内しながら、
「かけ1丁!」
と大きな声をかける。
「あいよっ! かけ1丁」
と主人はこたえながら、消したばかりのコンロに火を入れる。
「ねえお前さん、サービスということで3人前、出して上げようよ」
そっと耳打ちする女将に、
「だめだだめだ、そんな事したら、かえって気をつかうべ」
と言いながら玉そば1つ半をゆで上げる夫を見て、
「お前さん、仏頂面してるけどいいとこあるねえ」
とほほ笑む妻に対し、相変わらずだまって盛りつけをする主人である。
テーブルの上の、1杯のそばを囲んだ母子3人の会話が、カウンターの中と外の2人に聞こえる。
「……おいしいね……」
「今年も北海亭のおそば食べれたね」
「来年も食べれるといいね……」
食べ終えて、150円を支払い、出ていく3人の後ろ姿に
「ありがとうございました! どうかよいお年を!」
その日、何十回とくり返した言葉で送り出した。
商売繁盛のうちに迎えたその翌年の大晦日の夜、北海亭の主人と女将は、たがいに口にこそ出さないが、九時半を過ぎた頃より、そわそわと落ち着かない。
10時を回ったところで従業員を帰した主人は、壁に下げてあるメニュー札を次々と裏返した。今年の夏に値上げして「かけそば200円」と書かれていたメニュー札が、150円に早変わりしていた。
2番テーブルの上には、すでに30分も前から「予約席」の札が女将の手で置かれていた。
10時半になって、店内の客足がとぎれるのを待っていたかのように、母と子の3人連れが入ってきた。
兄は中学生の制服、弟は去年兄が着ていた大きめのジャンパーを着ていた。2人とも見違えるほどに成長していたが、母親は色あせたあのチェックの半コート姿のままだった。
「いらっしゃいませ!」
と笑顔で迎える女将に、母親はおずおずと言う。
「あのー……かけそば……2人前なのですが……よろしいでしょうか」
「えっ……どうぞどうぞ。さぁこちらへ」
と2番テーブルへ案内しながら、そこにあった「予約席」の札を何気なく隠し、カウンターに向かって
「かけ2丁!」
それを受けて
「あいよっ! かけ2丁!」
とこたえた主人は、玉そば3個を湯の中にほうり込んだ。
2杯のかけそばを互いに食べあう母子3人の明るい笑い声が聞こえ、話も弾んでいるのがわかる。カウンターの中で思わず目と目を見交わしてほほ笑む女将と、例の仏頂面のまま「うん、うん」とうなずく主人である。
「お兄ちゃん、淳ちゃん……今日は2人に、お母さんからお礼が言いたいの」
「……お礼って……どうしたの」
「実はね、死んだお父さんが起こした事故で、8人もの人にけがをさせ迷惑をかけてしまったんだけど……保険などでも支払いできなかった分を、毎月5万円ずつ払い続けていたの」
「うん、知っていたよ」
女将と主人は身動きしないで、じっと聞いている。
「支払いは年明けの3月までになっていたけど、実は今日、ぜんぶ支払いを済ますことができたの」
「えっ! ほんとう、お母さん!」
「ええ、ほんとうよ。お兄ちゃんは新聞配達をしてがんばってくれてるし、淳ちゃんがお買い物や夕飯のしたくを毎日してくれたおかげで、お母さん安心して働くことができたの。よくがんばったからって、会社から特別手当をいただいたの。それで支払いをぜんぶ終わらすことができたの」
「お母さん! お兄ちゃん! よかったね! でも、これからも、夕飯のしたくはボクがするよ」
「ボクも新聞配達、続けるよ。淳! がんばろうな!」
「ありがとう。ほんとうにありがとう」
「今だから言えるけど、淳とボク、お母さんに内緒にしていた事があるんだ。それはね……11月の日曜日、淳の授業参観の案内が、学校からあったでしょう。……あのとき、淳はもう1通、先生からの手紙をあずかってきてたんだ。淳の書いた作文が北海道の代表に選ばれて、全国コンクールに出品されることになったので、参観日に、その作文を淳に読んでもらうって。先生からの手紙をお母さんに見せれば……むりして会社を休むのわかるから、淳、それを隠したんだ。そのこと淳の友だちから聞いたものだから……ボクが参観日に行ったんだ」
「そう……そうだったの……それで」
「先生が、あなたは将来どんな人になりたいですか、という題で、全員に作文を書いてもらいましたところ、淳くんは、『一杯のかけそば』という題で書いてくれました。これからその作文を読んでもらいますって。『一杯のかけそば』って聞いただけで北海亭でのことだとわかったから……淳のヤツなんでそんな恥ずかしいことを書くんだ! と心の中で思ったんだ。
作文はね……お父さんが、交通事故で死んでしまい、たくさんの借金が残ったこと、お母さんが、朝早くから夜遅くまで働いていること、ボクが朝刊夕刊の配達に行っていることなど……ぜんぶ読みあげたんだ。
そして12月31日の夜、3人で食べた1杯のかけそばが、とてもおいしかったこと。……3人でたった1杯しか頼まないのに、おそば屋のおじさんとおばさんは、ありがとうございました! どうかよいお年を! って大きな声をかけてくれたこと。その声は……負けるなよ! 頑張れよ! 生きるんだよ! って言ってるような気がしたって。それで淳は、大人になったら、お客さんに、頑張ってね! 幸せにね! って思いを込めて、ありがとうございました! と言える日本一の、おそば屋さんになります。って大きな声で読みあげたんだよ」
カウンターの中で、聞き耳を立てていたはずの主人と女将の姿が見えない。
カウンターの奥にしゃがみ込んだ2人は、1本のタオルの端を互いに引っ張り合うようにつかんで、こらえきれず溢れ出る涙を拭っていた。
「作文を読み終わったとき、先生が、淳くんのお兄さんがお母さんにかわって来てくださってますので、ここで挨拶をしていただきましょうって……」
「まぁ、それで、お兄ちゃんどうしたの」
「突然言われたので、初めは言葉が出なかったけど……皆さん、いつも淳と仲よくしてくれてありがとう。……弟は、毎日夕飯のしたくをしています。それでクラブ活動の途中で帰るので、迷惑をかけていると思います。今、弟が『一杯のかけそば』と読み始めたとき……ぼくは恥ずかしいと思いました。……でも、胸を張って大きな声で読みあげている弟を見ているうちに、1杯のかけそばを恥ずかしいと思う、その心のほうが恥ずかしいことだと思いました。
あの時……1杯のかけそばを頼んでくれた母の勇気を、忘れてはいけないと思います。……兄弟、力を合わせ、母を守っていきます。……これからも淳と仲よくして下さい、って言ったんだ」
しんみりと、互いに手を握ったり、笑い転げるようにして肩を叩きあったり、昨年までとは、打って変わった楽しげな年越しそばを食べ終え、300円を支払い「ごちそうさまでした」と、深々と頭を下げて出て行く3人を、主人と女将は1年を締めくくる大きな声で、
「ありがとうございました! どうかよいお年を!」
と送り出した。
また1年が過ぎて――。
北海亭では、夜の9時過ぎから「予約席」の札を2番テーブルの上に置いて待ちに待ったが、あの母子3人は現れなかった。
次の年も、さらに次の年も、2番テーブルを空けて待ったが、3人は現れなかった。
北海亭は商売繁盛のなかで、店内改装をすることになり、テーブルや椅子も新しくしたが、あの2番テーブルだけはそのまま残した。
真新しいテーブルが並ぶなかで、1脚だけ古いテーブルが中央に置かれている。
「どうしてこれがここに」
と不思議がる客に、主人と女将は『一杯のかけそば』のことを話し、このテーブルを見ては自分たちの励みにしている、いつの日か、あの3人のお客さんが、来てくださるかも知れない、その時、このテーブルで迎えたい、と説明していた。
その話が「幸せのテーブル」として、客から客へと伝わった。わざわざ遠くから訪ねてきて、そばを食べていく女学生がいたり、そのテーブルが、空くのを待って注文をする若いカップルがいたりで、なかなかの人気を呼んでいた。
それから更に、数年の歳月が流れた12月31日の夜のことである。北海亭には同じ町内の商店会のメンバーで家族同然のつきあいをしている仲間達がそれぞれの店じまいを終え集まってきていた。北海亭で年越しそばを食べた後、除夜の鐘の音を聞きながら仲間とその家族がそろって近くの神社へ初詣に行くのが5~6年前からの恒例となっていた。
この夜も9時半過ぎに、魚屋の夫婦が刺身を盛り合わせた大皿を両手に持って入って来たのが合図だったかのように、いつもの仲間30人余りが酒や肴を手に次々と北海亭に集まってきた。「幸せの2番テーブル」の物語の由来を知っている仲間達のこと、互いに口にこそ出さないが、おそらく今年も空いたまま新年を迎えるであろう「大晦日10時過ぎの予約席」をそっとしたまま、窮屈な小上がりの席を全員が少しずつ身体をずらせて遅れてきた仲間を招き入れていた。
海水浴のエピソード、孫が生まれた話、大売り出しの話。賑やかさが頂点に達した10時過ぎ、入口の戸がガラガラガラと開いた。幾人かの視線が入口に向けられ、全員が押し黙る。北海亭の主人と女将以外は誰も会ったことのない、あの「幸せの2番テーブル」の物語に出てくる薄手のチェックの半コートを着た若い母親と幼い二人の男の子を誰しもが想像するが、入ってきたのはスーツを着てオーバーを手にした二人の青年だった。ホッとした溜め息が漏れ、賑やかさが戻る。女将が申し訳なさそうな顔で
「あいにく、満席なものですから」
断ろうとしたその時、和服姿の婦人が深々と頭を下げ入ってきて二人の青年の間に立った。店内にいる全ての者が息を呑んで聞き耳を立てる。
「あのー……かけそば……3人前なのですが……よろしいでしょうか」
その声を聞いて女将の顔色が変わる。十数年の歳月を瞬時に押しのけ、あの日の若い母親と幼い二人の姿が目の前の3人と重なる。カウンターの中から目を見開いてにらみ付けている主人と今入ってきた3人の客とを交互に指さしながら
「あの……あの……、おまえさん」
と、おろおろしている女将に青年の一人が言った。
「私達は14年前の大晦日の夜、親子3人で1人前のかけそばを注文した者です。あの時、一杯のかけそばに励まされ、3人手を取り合って生き抜くことが出来ました。その後、母の実家があります滋賀県へ越しました。私は今年、医師の国家試験に合格しまして京都の大学病院に小児科医の卵として勤めておりますが、年明け4月より札幌の総合病院で勤務することになりました。その病院への挨拶と父のお墓への報告を兼ね、おそば屋さんにはなりませんでしたが、京都の銀行に勤める弟と相談をしまして、今までの人生の中で最高の贅沢を計画しました。それは大晦日に母と3人で札幌の北海亭さんを訪ね、3人前のかけそばを頼むことでした」
うなずきながら聞いていた女将と主人の目からどっと涙があふれ出る。入口に近いテーブルに陣取っていた八百屋の大将がそばを口に含んだまま聞いていたが、そのままゴクッと飲み込んで立ち上がり
「おいおい、女将さん。何してんだよお。10年間この日のために用意して待ちに待った『大晦日10時過ぎの予約席』じゃないか。ご案内だよ。ご案内」
八百屋に肩をぽんと叩かれ、気を取り直した女将は
「ようこそ、さあどうぞ。 おまえさん、2番テーブルかけ3丁!」
仏頂面を涙でぬらした主人、
「あいよっ! かけ3丁!」
期せずして上がる歓声と拍手の店の外では、先程までちらついていた雪もやみ、新雪にはね返った窓明かりが照らしだす『北海亭』と書かれた暖簾を、ほんの一足早く吹く睦月の風が揺らしていた。
위의 원어를 못 보시는 분들을 위해 ....
1997년 2월 일본 국회의 예산심의 위원회 회의실에서 질문에 나선 공명당의 오쿠보 의원이 난데없이 뭔가를 꺼내 읽기 시작했다.
대정부 질문 중에 일어난 돌연한 행동에 멈칫했던 장관들과 의원들은 낭독이 계속되자 그것이 한 편의 동화라는 사실을 알았다.
이야기가 반쯤 진행되자 좌석의 여기저기에서는 눈물을 훌쩍이며 손수건을 꺼내는 사람들이 하나둘 늘어나더니 끝날 무렵에는 온통 울음바다를 이루고 말았다.
정책이고 이념이고 파벌이고 모든 것을 초월한 숙연한 순간이었다.
장관이건 방청객이건 여당이건 야당이건 편을 가를 것 없이 모두가 흐르는 눈물을 주체하지 못하는 모습이었다.
국회를 울리고 거리를 울리고 학교를 울리고 결국은 1억 인구의 나라,
일본열도 전체를 눈물의 바다로 빠트린 글이 바로 이 <우동 한 그릇>이란 동화다.
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우동 한 그릇
- 구리 료헤이 -
해마다 섣달 그믐날이 되면 우동 집으로서는 일 년 중 가장 바쁠 때이다
"북해정" 도 이날만은 아침부터 눈코 뜰 새 없이 바빴다.
보통 때는 밤 12시쯤 되어도 거리가 번잡한데 그날만큼은 밤이 깊어질수록 집으로 돌아가는 사람들의 발걸음도 빨라지고 10시가 넘자 북해정의 손님도 뜸해졌다.
사람은 좋지만 무뚝뚝한 주인보다 오히려 단골손님으로부터 주인아줌마라고 불리고 있는 그의 아내는 분주했던 하루의 답례로 임시종업원에게 특별 상여금주머니와 선물로 국수를 들려서 막 돌려보낸 참이었다.
마지막 손님이 가게를 막 나갔을 때 슬슬 문 앞의 옥호 막을 걷을까 하고 있던 참에 출입문이 드르륵 하고 힘없이 열리더니 두 명의 아이를 데리고 한 여자가 들어왔다.
6살과 10살 정도의 사내들은 새로 준비한 듯한 트레이닝복 차림이었고, 여자는 계절이 지난 체크무늬 반코트를 입고 있었다.
"어서 오세요." 라고 맞이하는 주인에게 그 여자는 머뭇머뭇 말했다.
"저, 우동 1인분만 주문해도 괜찮을까요? "
뒤에서는 두 아이들이 걱정스러운 얼굴로 쳐다보고 있었다.
"네, 네 자... 이쪽으로..."
난로 곁의 2번 테이블로 안내하면서 여주인은 주방 안을 향해
"우동, 1인분!" 하고 소리친다.
주문을 받은 주인은 잠깐 일행 세 사람에게 눈길을 보내면서, "예!" 대답하고 삶지 않은 1인분의 우동 한 덩어리와 거기에 반 덩어리를 더 넣어 삶는다.
둥근 우동 한 덩어리가 1인분의 양이다.
손님과 아내에게 눈치 채지 않게 주인의 서비스로 수북한 분량의 우동이 삶아진다.
테이블에 나온 그릇 가득 담긴 우동을 가운데 두고, 이마를 맞대고 먹고 있는 세 사람의 이야기 소리가 카운터 있는 곳까지 희미하게 들린다.
"맛있네요." 라는 형의 목소리,
"엄마도 잡수세요." 하며 한 가닥의 국수를 집어 어머니의 입으로 가져가는 동생,
이윽고 다 먹자 150엔의 값을 지불하며,
"맛있게 먹었습니다." 라고 머리를 숙이고 나가는 세 모자에게
"고맙습니다. 새해엔 복 많이 받으세요!" 하고 주인 내외는 목청을 돋워 인사했다.
신년을 맞이했던 북해정은 변함없이 바쁜 나날 속에서 한해를 보내고,
다시 12월 31일을 맞이했다.
지난해 이상으로 몹시 바쁜 하루를 끝내고, 10시를 막 넘긴 참이어서
가게 문을 막 닫으려고 할 때 드르륵 하고 문이 열리더니
두 사람의 남자 아이를 데리고 한 여자가 들어왔다.
여주인은 그 여자가 입고 있는 체크무늬의 반코트를 보고,
일 년 전 섣달 그믐날의 마지막 그 손님임을 알아보았다.
"저, 우동 1인분입니다만, 괜찮을까요?"
"물론입니다. 어서 이쪽으로 오세요 "
여주인은 작년과 같은 2번 테이블로 안내하면서,
"우동 1인분! " 하고 커다랗게 소리친다.
" 네엣! 우동 1인분!" 하고 주인은 대답하면서 막 꺼버린 화덕에 불을 붙인다.
"저 여보, 서비스로 3인분 내줍시다." 조용히 귀엣말로 하는 여주인에게, "안돼요."
그런 일을 하면 도리어 거북하게 여길 걸요." 라고 말하면서
남편은 둥근 우동 하나 반을 삶는다.
"여보, 무뚝뚝한 얼굴을 하고 있어도 좋은 구석이 있구료."
미소를 머금는 아내에 대해, 변함없이 입을 다물고 삶아진 우동을 그릇에 담는 주인이다.
테이블 위의 한 그릇 우동을 둘러싼 세 모자의 얘기 소리가 카운터 안과 바깥의 두 사람에게 들려온다.
"으... 맛있어요."
"올해도 북해정의 우동을 먹게 되네요? "
"내년에도 먹을 수 있으면 좋으련만... "
다 먹고 나서 150엔을 지불하고 나가는 세 사람의 뒷모습에다 주인 내외는 "고맙습니다! 새해 복 많이 받으세요!"
그날 수십 번 되풀이했던 인사말로 전송한다.
그 다음해의 섣달 그믐날 밤은 여느 때보다 더욱 장사가 번성하는 중에 맞게 되었다.
북해정의 주인과 여주인은 누가 먼저 입을 열지는 않았지만 9시 반이 지날 무렵부터 안절부절 어쩔 줄을 모른다.
10시 넘긴 참이어서 종업원을 귀가시킨 주인은 벽에 붙어있는 메뉴 표를 차례차례 뒤집었다.
금년 여름에 값을 올려 "우동 200엔" 이라고 쓰여 있던 메뉴표가 150엔으로 둔갑하고 있었다.
2번 테이블 위에는 이미 30분 전부터 <예약석> 이란 팻말이 놓여 있다.
10시 반이 되어 가게 손님의 발길이 끊어지는 것을 기다리고 있기나 한 것처럼 모자 세 사람이 들어왔다.
형은 중학생 교복, 동생은 작년 형이 입고 있던 잠바를 헐렁하게 입고 있었다.
두 아들 다 몰라볼 정도로 성장해 있었는데, 그 아이들의 엄마는 색이 바란 체크무늬의 반코트 차림 그대로였다.
"어서 오세요!" 라고 웃는 얼굴로 맞이하는 여주인에게, 엄마는 조심조심 말한다.
"저, 우동 2인분인데도 괜찮겠죠? "
"넷, 어서 어서, 자 이쪽으로" 라며 2번 테이블로 안내하면서, 여주인은 거기 있던 <예약석> 이란 팻말을 슬그머니 감추고 카운터를 향해서 소리친다.
"우동 2인분!" 그걸 받아 "우동 2인분!" 이라고 답한 주인은 둥근 우동 세 덩어리를 뜨거운 국물 속에 던져 넣었다.
두 그릇의 우동을 함께 먹는 세 모자의 밝은 목소리가 들리고, 이야기도 활기가 느껴졌다.
카운터 안에서, 무심코 눈과 눈을 마주 짓는 여주인과 예의 무뚝뚝한 채로 응응, 하며 고개를 끄덕이는 주인이다.
"형아야, 그리고 쥰아, 오늘은 너희 둘에게 엄마가 고맙다고 인사하고 싶구나."
"고맙다니요. 무슨 말씀이세요? "
"실은 돌아가신 아빠가 일으켰던 사고로 여덟 명이나 되는 사람이 부상을 입었잖니, 보험으로도 지불할 수 없을 만큼 매월 5만엔씩 계속 지불하고 있었단다."
" 음, 알고 있어요." 라고 형이 대답한다.
" 지불은 내년 3월까지로 되어 있었지만, 실은 오늘 전부 지불을 끝낼 수 있었단다."
"넷! 정말이에요! 엄마?"
"그래, 정말이지, 형아는 신문배달을 열심히 하였고
쥰이는 장보기와 저녁 준비를 매일 해준 덕분에, 엄마는 안심하고 일할 수 있었던 거야."
"엄마! 형! 잘됐어요! 하지만 앞으로도 저녁준비는 내가 할 거예요."
"나도 신문배달 계속 할래요, 쥰아! 힘을 내자!"
"고맙다, 정말로 고마워."
형이 눈을 반짝이며 말한다.
"지금 비로소 얘긴데요, 쥰이하고 나, 엄마한테 숨기고 있는 것이 있어요.
그것은요.
11월 첫째 일요일 학교에서 쥰이의 수업참관을 하라고 편지가 왔었어요. 그때 쥰은 이미 선생님으로부터 편지를 받아놓고 있었지만요, 쥰이 쓴 작문이 북해도의 대표로 뽑혀 전국 콩쿠르에 출품되어서 수업 참관일에 이 작문을 읽게 됐대요.
선생님이 주신 편지를 엄마에게 보여 드리면 무리를 해서 회사를 쉬실 걸 알기 때문에 쥰이 그걸 감췄어요. 그걸 쥰의 친구들한테 듣고 내가 참관일에 갔었어요."
" 그래. 그랬었구나. 그래서."
"선생님께서 너는 장래 어떤 사람이 되고 싶은가, 라는 제목으로 전원에게 작문을 쓰게 하셨는데 쥰은 <우동 한 그릇> 이라는 제목으로 써서 냈대요.
<우동 한 그릇> 이라는 제목만 듣고 북해정에서의 일 이라는 걸 알았기 때문에, 쥰 녀석 무슨 그런 부끄러운 얘기를 썼지! 하고 마음속으로 생각했죠.
작문은, 아빠가 교통사고로 돌아 가셔서 많은 빚을 남겼다는 것,
엄마가 아침 일찍부터 밤늦게까지 일을 하고 계시다는 것, 내가 조간 석간신문을 배달하고 있다는 것 등이 전부 씌어 있었어요.
그리고서 12월 31일 밤 셋이서 먹은 한 그릇의 우동이 그렇게 맛있었다는 것. 셋이서 다만 한 그릇밖에 시키지 않았는데도 우동집 아저씨와 아줌마는
"고맙습니다! 새해엔 복 많이 받으세요!" 라고 큰 소리로 말해 주신 일,
그 목소리는, 지지 말아라! 힘내! 살아 갈수 있어! 라고 말하는 것 같은 기분이 들었다고요.
그래서 쥰은, 어른이 되면 손님에게, 힘내라! 행복해라! 라는 속마음을 감추고
"고맙습니다!" 라고 말할 수 있는 일본 제일의 우동집 주인이 되는 것이 꿈이라고, 커다란 목소리로 읽었어요."
카운터 안쪽에서 귀를 기울이고 있을 주인과 여주인의 모습이 보이지 않는다.
카운터 깊숙이 웅크린 두 사람은 한 장의 수건 끝을 서로 잡아당길 듯이 붙잡고 참을 수 없이 흘러나오는 눈물을 닦고 있었다.
"작문 읽기를 끝마쳤을 때, 선생님이 쥰의 형이 어머니를 대신해서 와 주었으니까, 여기에서 인사를 해달라고 해서"
"그래서, 형아 어떻게 했지?"
"갑자기 요청받았기 때문에 처음에는 말이 안 나왔지만,
여러분, 항상 쥰과 사이좋게 지내줘서 고맙습니다.
동생은 매일 저녁 식사준비를 하고 있습니다.
그래서 클럽활동 도중에 돌아가니까 폐를 끼치고 있다고 생각합니다.
방금 동생이 <우동 한 그릇> 이라 읽기 시작 했을 때 나는 처음엔 부끄럽게 생각했습니다.
그러나 가슴을 펴고 커다란 목소리로 읽고 있는 동생을 보고 있는 사이에, 한 그릇의 우동을 부끄럽다고 생각하는 그 마음이 더 부끄러운 것이라고 생각했습니다.
그때, 한 그릇의 우동을 시켜주신 어머니의 용기를 잊어서는 안된다고 생각합니다.
형제가 힘을 합쳐 어머니를 보살펴 드리겠습니다.
앞으로도 쥰과 사이좋게 지내주세요. 라고 말했어요. "
차분하게 서로 손을 잡기도 하고, 웃다가 넘어질듯이 어깨를 두드리기도 하고, 작년까지와는 아주 달리 즐거운 그믐날 밤의 광경이었다.
우동을 다 먹고 300엔을 내며 잘 먹었습니다, 라고 깊이깊이 머리를 숙이며 나가는 세 사람을 주인과 여주인은 1년을 마무리하는 커다란 목소리로 "고맙습니다! 새해엔 복 많이 받으세요!" 라며 전송했다.
다시 일 년이 지나,
북해정에서는 밤 9시가 지나서부터 <예약석> 이란 팻말을 2번 테이블 위에 올려놓고 기다리고 기다렸지만, 그 세모자는 나타나지 않았다.
다음 해에도, 또 그 다음 해에도 2번 테이블을 비우고 기다렸지만, 세 사람은 끝내 나타나지 않았다.
북해정은 장사가 번창하여 가게 내부 수리를 하게 되자, 테이블이랑 의자도 새로이 바꾸었지만 그 2번 테이블 만은 그대로 남겨 두었다.
새 테이블이 나란히 있는 가운데에서, 단 하나 낡은 테이블이 중앙에 놓여 있는 것이다. 어째서 이것이 여기에, 하고 의아스러워하는 손님들에게, 주인과 여주인은 <우동 한 그릇>의 일을 이야기하고, 이 테이블을 보고서 자신들의 자극제로 하고 있다.
어느 날인가 그 세 사람의 손님이 와 줄지도 모른다.
그때 이 테이블로 맞이하고 싶다, 라고 설명하곤 했다.
그 이야기는, 행복의 테이블로서 이 손님에게서 저 손님에게로 전해졌다.
일부러 멀리에서 찾아와 우동을 먹고 가는 여학생이 있는가 하면, 그 테이블이 비기를 기다려 주문을 하는 젊은 커플도 있어 상당한 인기를 불러 일으켰다
그리고 나서 또, 수년의 세월이 흐른 어느 해 섣달그믐의 일이다.
북해정에는 같은 거리의 상점회원이며 가족처럼 사귀고 있는 이웃들이각자의 가게를 닫고 모여들고 있었다.
북해정서 섣달그믐의 풍습인 해 넘기기 우동을 먹은 후 제야의 종소리를 들으면서 동료들과 가족이 모여 5-6년 전부터 가까운 신사에 그해의 첫 참배를 가고 있었다.
그날 밤도 9시반이 지나 생선가게 부부가 생선회를 가득 담은 큰 접시를 양손에 들고 들어온 것이 신호라도 되듯 늦게 오는 동료들처럼 평상시의 동료 30여 명이 술이랑 안주를 손에 들고 차례차례 모여들어 가게 안의 분위기는 들떠 있었다.
2번 테이블의 유래를 그들도 잘 알고 있었다.
입으로 말은 안 해도 아마 금년에도 빈 채로 신년을 맞이할 것이라고 생각했지만 섣달 그믐날 10시 예약석은 비워둔 채 비좁은 자리에 전원이 조금씩 몸을 좁혀 앉아 맞이했다.
우동을 먹는 사람, 술을 마시는 사람, 서로 가져온 요리에 손을 뻗는 사람, 카운터 안에 들어가 돕고 있는 사람,
멋대로 냉장고를 열고 뭔가 꺼내고 있는 사람으로 떠들썩하다.
바겐세일 이야기, 해수욕장에서의 에피소드, 손자가 태어난 이야기 등
번잡함이 절정에 달한 10시 반이 지났을 때, 입구의 문이 드르륵, 하고 열렸다.
몇 사람인가의 시선이 입구로 향하며 동시에 그들은 이야기를 멈추었다.
오버를 손에 든 정장 슈트차림의 두 청년이 들어왔다.
다시 얘기가 이어지고 시끄러워졌다.
여주인이 죄송하다는 듯한 얼굴로 "공교롭게도 만원이어서" 라며 거절 하려고 했을 때 화복 (일본 옷) 차림의 부인이 깊이 머리를 숙이며 들어와서, 두 청년 사이에 섰다.
가게 안에 있는 모두가 침을 삼키며 귀를 기울인다.
화복을 입은 부인이 조용히 말했다.
"저... 우동 3인분입니다. 괜찮겠죠? "
그 말을 들은 여주인의 얼굴색이 변했다.
십 수 년의 세월을 순식간에 밀어 젖히고, 그날의 젊은 엄마와 어린 두 아들의 모습이 눈앞의 세 사람과 겹쳐진다.
카운터 안에서 눈을 크게 뜨고 바라보고 있는 주인과 방금 들어온 세 사람을 번갈아 가리키면서,
"저, 저, 여보!" 하고 당황해 하고 있는 여주인에게 청년 중 하나가 말했다.
"우리는 14년 전 섣달 그믐날 밤, 모자 셋이서 1인분의 우동을 주문했던 사람들입니다.
그때 한 그릇의 우동에 용기를 얻어 세 사람이 손을 맞잡고 열심히 살아갈 수가 있었습니다. 그후 우리는 외가가 있는 시가현으로 이사했습니다.
저는 금년 국가의사시험에 합격하여 교토의 대학병원 소아과의 병아리의사로 근무하고 있습니다만, 내년 4월부터 삿뽀로의 종합병원에서 근무하게 되었습니다.
그 병원에 인사도 하고 아버님 묘에도 들를 겸해서 왔습니다.
그리고 우동집 주인은 되지 않았습니다만 교토의 은행에 다니는 동생과 상의해서, 지금까지 인생 가운데에서 최고의 사치스러운 것을 계획했습니다.
그것은 섣달 그믐날 어머님과 셋이서 삿뽀로의 북해정을 찾아와 3인분의 우동을 시키는 것이었습니다."
고개를 끄덕이면서 듣고 있던 여주인과 주인의 눈에서 왈칵 눈물이 넘쳐흘렀다.
입구 가까운 테이블에 진을 치고 있던 야채가게 주인이 우동을 입에 머금은 채 있다가
그대로 꿀꺽 삼키며 일어나 "여봐요. 여주인 아줌마! 뭐하고 있어요!
10년 간 이날을 위해 준비해 놓고 기다리고 기다린 섣달 그믐밤 10시 "예약석"이잖아요, 안내해요, 안내를!"
야채가게 주인의 말에 번뜩 정신을 차린 여주인은
"잘 오셨어요. 자...어서요. 여보! 2번 테이블에 우동 3인분!"
무뚝뚝한 얼굴을 눈물로 적신 주인 "네엣! 우동 3인분!"
예기치 않은 환성과 박수가 터지는 가게 밖에서는
조금 전까지 흩날리던 눈발도 그치고 갓 내린 눈에 반사되어 창문에 비친
<북해정> 이라고 쓰인 옥호막이 한발 앞서 불어제치는 정월의 바람에 휘날리고 있었다.
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一杯のかけそば - Daum
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そば屋にとって一番のかき入れ時は大晦日である。
北海亭もこの日ばかりは朝からてんてこ舞の忙しさだった
いつもは夜の12時過ぎまで賑やかな表通りだが、夕方になるにつれ家路につく人々の足も速くなる。
10時を回ると北海亭の客足もぱったりと止まる。
頃合いを見計らって、人はいいのだが無愛想な主人に代わって、常連客から女将さんと呼ばれているその妻は、忙しかった1日をねぎらう、大入り袋と土産のそばを持たせて、パートタイムの従業員を帰した。
最後の客が店を出たところで、そろそろ表の暖簾を下げようかと話をしていた時、入口の戸がガラガラガラと力無く開いて、2人の子どもを連れた女性が入ってきた。6歳と10歳くらいの男の子は真新しい揃いのトレーニングウェア姿で、女性は季節はずれのチェックの半コートを着ていた。
「いらっしゃいませ!」
と迎える女将に、その女性はおずおずと言った。
「あのー……かけそば……1人前なのですが……よろしいでしょうか」
後ろでは、2人の子ども達が心配顔で見上げている。
「えっ……えぇどうぞ。どうぞこちらへ」
暖房に近い2番テーブルへ案内しながら、カウンターの奥に向かって、
「かけ1丁!」 と声をかける。それを受けた主人は、
チラリと3人連れに目をやりながら、
「あいよっ! かけ1丁!」
とこたえ、玉そば1個と、さらに半個を加えてゆでる。
玉そば1個で1人前の量である。
客と妻に悟られぬサービスで、大盛りの分量のそばがゆであがる。
テーブルに出された1杯のかけそばを囲んで、額を寄せあって食べている3人の話し声がカウンターの中までかすかに届く。
「おいしいね」 と兄。
「お母さんもお食べよ」
と1本のそばをつまんで母親の口に持っていく弟。
やがて食べ終え、150円の代金を支払い、
「ごちそうさまでした」と頭を下げて出ていく母子3人に、
「ありがとうございました! どうかよいお年を!」と声を合わせる主人と女将。
新しい年を迎えた北海亭は、相変わらずの忙しい毎日の中で1年が過ぎ、再び12月31日がやってきた。
前年以上の猫の手も借りたいような1日が終わり、10時を過ぎたところで、店を閉めようとしたとき、ガラガラガラと戸が開いて、2人の男の子を連れた女性が入ってきた。
女将は女性の着ているチェックの半コートを見て、1年前の大晦日、最後の客を思いだした。
「あのー……かけそば……1人前なのですが……よろしいでしょうか」
「どうぞどうぞ。こちらへ」
女将は、昨年と同じ2番テーブルへ案内しながら、
「かけ1丁!」 と大きな声をかける。
「あいよっ! かけ1丁」 と主人はこたえながら、消したばかりのコンロに火を入れる。
「ねえ,お前さん、サービスということで3人前、出して上げようよ」
そっと耳打ちする女将に、
「だめだだめだ、そんな事したら、かえって気をつかうべ」
と言いながら玉そば1つ半をゆで上げる夫を見て、
「お前さん、仏頂面してるけどいいとこあるねえ」
とほほ笑む妻に対し、相変わらずだまって盛りつけをする主人である。
テーブルの上の、1杯のそばを囲んだ母子3人の会話が、カウンターの中と外の2人に聞こえる。
「……おいしいね……」
「今年も北海亭のおそば食べれたね」
「来年も食べれるといいね……」
食べ終えて、150円を支払い、出ていく3人の後ろ姿に
「ありがとうございました! どうかよいお年を!」
その日、何十回とくり返した言葉で送り出した。
商売繁盛のうちに迎えたその翌年の大晦日の夜、北海亭の主人と女将は、たがいに口にこそ出さないが、九時半を過ぎた頃より、そわそわと落ち着かない。
10時を回ったところで従業員を帰した主人は、壁に下げてあるメニュー札を次々と裏返した。
今年の夏に値上げして「かけそば200円」と書かれていたメニュー札が、150円に早変わりしていた。 2番テーブルの上には、すでに30分も前から「予約席」の札が女将の手で置かれていた。
10時半になって、店内の客足がとぎれるのを待っていたかのように、母と子の3人連れが入ってきた。
兄は中学生の制服、弟は去年兄が着ていた大きめのジャンパーを着ていた。2人とも見違えるほどに成長していたが、母親は色あせたあのチェックの半コート姿のままだった。
「いらっしゃいませ!」
と笑顔で迎える女将に、母親はおずおずと言う。
「あのー……かけそば……2人前なのですが……よろしいでしょうか」
「えっ……どうぞどうぞ。さぁこちらへ」
と2番テーブルへ案内しながら、そこにあった「予約席」の札を何気なく隠し、カウンターに向かって
「かけ2丁!」 それを受けて
「あいよっ! かけ2丁!」 とこたえた主人は、玉そば3個を湯の中にほうり込んだ。
2杯のかけそばを互いに食べあう母子3人の明るい笑い声が聞こえ、
話も弾んでいるのがわかる。
カウンターの中で思わず目と目を見交わしてほほ笑む女将と、例の仏頂面のまま「うん、うん」とうなずく主人である。
「お兄ちゃん、淳ちゃん……今日は2人に、お母さんからお礼が言いたいの」
「……お礼って……どうしたの」
「実はね、死んだお父さんが起こした事故で、8人もの人にけがをさせ迷惑をかけてしまったんだけど……保険などでも支払いできなかった分を、
毎月5万円ずつ払い続けていたの」
「うん、知っていたよ」
女将と主人は身動きしないで、じっと聞いている。
「支払いは年明けの3月までになっていたけど、実は今日、ぜんぶ支払いを済ますことができたの」
「えっ! ほんとう、お母さん!」
「ええ、ほんとうよ。
お兄ちゃんは新聞配達をしてがんばってくれてるし、淳ちゃんがお買い物や夕飯のしたくを毎日してくれたおかげで、お母さん安心して働くことができたの。
よくがんばったからって、会社から特別手当をいただいたの。
それで支払いをぜんぶ終わらすことができたの」
「お母さん! お兄ちゃん! よかったね! でも、これからも、夕飯のしたくはボクがするよ」
「ボクも新聞配達、続けるよ。淳! がんばろうな!」
「ありがとう。ほんとうにありがとう」
「今だから言えるけど、淳とボク、お母さんに内緒にしていた事があるんだ。
それはね……11月の日曜日、淳の授業参観の案内が、学校からあったでしょう。……
あのとき、淳はもう1通、先生からの手紙をあずかってきてたんだ。
淳の書いた作文が北海道の代表に選ばれて、全国コンクールに出品されることになったので、参観日に、その作文を淳に読んでもらうって。
先生からの手紙をお母さんに見せれば……むりして会社を休むのわかるから、淳、それを隠したんだ。そのこと淳の友だちから聞いたものだから……
ボクが参観日に行ったんだ」
「そう……そうだったの……それで」
「先生が、あなたは将来どんな人になりたいですか、という題で、全員に作文を書いてもらいましたところ、淳くんは、
『一杯のかけそば』という題で書いてくれました。
これからその作文を読んでもらいますって。
『一杯のかけそば』って聞いただけで北海亭でのことだとわかったから……
淳のヤツなんでそんな恥ずかしいことを書くんだ! と心の中で思ったんだ。
作文はね……お父さんが、交通事故で死んでしまい、たくさんの借金が残ったこと、お母さんが、
朝早くから夜遅くまで働いていること、ボクが朝刊夕刊の配達に行っていることなど……ぜんぶ読みあげたんだ。
そして12月31日の夜、3人で食べた1杯のかけそばが、とてもおいしかったこと。……3人でたった1杯しか頼まないのに、おそば屋のおじさんとおばさんは、ありがとうございました!
どうかよいお年を! って大きな声をかけてくれたこと。
その声は……負けるなよ!頑張れよ! 生きるんだよ! って言ってるような気がしたって。それで淳は、大人になったら、お客さんに、頑張ってね!
幸せにね! って思いを込めて、ありがとうございました! と言える日本一の、おそば屋さんになります。って大きな声で読みあげたんだよ」
カウンターの中で、聞き耳を立てていたはずの主人と女将の姿が見えない。
カウンターの奥にしゃがみ込んだ2人は、1本のタオルの端を互いに引っ張り合うようにつかんで、
こらえきれず溢れ出る涙を拭っていた。
「作文を読み終わったとき、先生が、淳くんのお兄さんがお母さんにかわって来てくださってますので、ここで挨拶をしていただきましょうって……」
「まぁ、それで、お兄ちゃんどうしたの」
「突然言われたので、初めは言葉が出なかったけど……皆さん、
いつも淳と仲よくしてくれてありがとう。
……弟は、毎日夕飯のしたくをしています。それでクラブ活動の途中で帰るので、迷惑をかけていると思います。今、
弟が『一杯のかけそば』と読み始めたとき……
ぼくは恥ずかしいと思いました。……でも、
胸を張って大きな声で読みあげている弟を見ているうちに、1杯のかけそばを恥ずかしいと思う、
その心のほうが恥ずかしいことだと思いました。
あの時……1杯のかけそばを頼んでくれた母の勇気を、忘れてはいけないと思います。……兄弟、力を合わせ、母を守っていきます。……これからも淳と仲よくして下さい、って言ったんだ」
しんみりと、互いに手を握ったり、笑い転げるようにして肩を叩きあったり、昨年までとは、打って変わった楽しげな年越しそばを食べ終え、300円を支払い「ごちそうさまでした」と、深々と頭を下げて出て行く3人を、主人と女将は1年を締めくくる大きな声で、
「ありがとうございました! どうかよいお年を!」 と送り出した。
また1年が過ぎて――。
北海亭では、夜の9時過ぎから「予約席」の札を2番テーブルの上に置いて待ちに待ったが、あの母子3人は現れなかった。
次の年も、さらに次の年も、2番テーブルを空けて待ったが、3人は現れなかった。
北海亭は商売繁盛のなかで、店内改装をすることになり、テーブルや椅子も新しくしたが、あの2番テーブルだけはそのまま残した。
真新しいテーブルが並ぶなかで、1脚だけ古いテーブルが中央に置かれている。
「どうしてこれがここに」
と不思議がる客に、主人と女将は『一杯のかけそば』のことを話し、このテーブルを見ては自分たちの励みにしている、いつの日か、あの3人のお客さんが、来てくださるかも知れない、その時、このテーブルで迎えたい、と説明していた。
その話が「幸せのテーブル」として、客から客へと伝わった。
わざわざ遠くから訪ねてきて、そばを食べていく女学生がいたり、そのテーブルが、空くのを待って注文をする若いカップルがいたりで、なかなかの人気を呼んでいた。
それから更に、数年の歳月が流れた12月31日の夜のことである。
北海亭には同じ町内の商店会のメンバーで家族同然のつきあいをしている
仲間達がそれぞれの店じまいを終え集まってきていた。
北海亭で年越しそばを食べた後、除夜の鐘の音を聞きながら仲間と その家族がそろって近くの神社へ初詣に行くのが5~6年前からの恒例となっていた。
この夜も9時半過ぎに、魚屋の夫婦が刺身を盛り合わせた大皿を両手に持って入って来たのが合図だったかのように、いつもの仲間30人余りが酒や肴を手に次々と北海亭に集まってきた。
「幸せの2番テーブル」の物語の由来を知っている仲間達のこと、互いに口にこそ出さないが、おそらく今年も空いたまま新年を迎えるであろう
「大晦日10時過ぎの予約席」をそっとしたまま、窮屈な小上がりの席を全員が少しずつ身体をずらせて遅れてきた仲間を招き入れていた。
海水浴のエピソード、孫が生まれた話、大売り出しの話。
賑やかさが頂点に達した10時過ぎ、入口の戸がガラガラガラと開いた。
幾人かの視線が入口に向けられ、全員が押し黙る。
北海亭の主人と女将以外は誰も会ったことのない、あの「幸せの2番テーブル」の物語に出てくる薄手のチェックの半コートを着た若い母親と幼い二人の男の子を誰しもが想像するが、入ってきたのはスーツを着てオーバーを手にした二人の青年だった。
ホッとした溜め息が漏れ、賑やかさが戻る。
女将が申し訳なさそうな顔で「あいにく、満席なものですから」 断ろうとしたその時、
和服姿の婦人が深々と頭を下げ入ってきて二人の青年の間に立った。
店内にいる全ての者が息を呑んで聞き耳を立てる。
「あのー……かけそば……3人前なのですが……よろしいでしょうか」
その声を聞いて女将の顔色が変わる。
十数年の歳月を瞬時に押しのけ、あの日の若い母親と幼い二人の姿が目の前の3人と重なる。
カウンターの中から目を見開いてにらみ付けている主人と今入ってきた3人の客とを交互に指さしながら
「あの……あの……、おまえさん」 と、おろおろしている女将に青年の一人が言った。
「私達は14年前の大晦日の夜、
親子3人で1人前のかけそばを注文した者です。
あの時、一杯のかけそばに励まされ、3人手を取り合って生き抜くことが出来ました。
その後、母の実家があります滋賀県へ越しました。
私は今年、医師の国家試験に合格しまして京都の大学病院に小児科医の卵として勤めておりますが、年明け4月より札幌の総合病院で勤務することになりました。
その病院への挨拶と父のお墓への報告を兼ね、おそば屋さんにはなりませんでしたが、京都の銀行に勤める弟と相談をしまして、今までの人生の中で最高の贅沢を計画しました。
それは大晦日に母と3人で札幌の北海亭さんを訪ね、3人前のかけそばを頼むことでした」
うなずきながら聞いていた女将と主人の目からどっと涙があふれ出る。
入口に近いテーブルに陣取っていた八百屋の大将がそばを口に含んだまま聞いていたが、そのままゴクッと 飲み込んで立ち上がり
「おいおい、女将さん。何してんだよお。10年間この日のために用意して待ちに待った
『大晦日10時過ぎの予約席』じゃないか。ご案内だよ。ご案内」
八百屋に肩をぽんと叩かれ、気を取り直した女将は
「ようこそ、さあどうぞ。
おまえさん、2番テーブルかけ3丁!」
仏頂面を涙でぬらした主人、
「あいよっ! かけ3丁!」
期せずして上がる歓声と拍手の店の外では、先程までちらついていた雪もやみ、新雪にはね返った窓明かりが照らしだす『北海亭』と書かれた暖簾を、ほんの一足早く吹く睦月の風が揺らしていた。
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